U-18小枝監督 W杯への始動はノックから

2017年08月26日 16時30分

22日に合同合宿がスタートしたU-18日本代表。左から小枝守監督、増田珠、安田尚憲、清宮幸太郎

【越智正典 ネット裏】U―18全日本(高校)監督小枝守が朝はやく千葉県木更津の自宅を出て東京駅から新幹線で新大阪に向かったのは、第99回全国大会開会の前日、台風5号の接近で開会式が1日順延になったので前々日になった8月6日のことである。この時点で、カナダのスペリオル湖の北岸の町、サンダーベイでU―18W杯が始まるのが9月1日(現地時間、~10日)であるから1か月ない。が、高野連の会議、特に8月16日と推測される日本代表選手の選考会議などへ出席するための準備ではなかった。大会を中継放送する大阪のABCラジオと、BS朝日の解説を頼まれたのである。

 大会3日目の第2試合が始まると、放送席が映った。昨年、全日本の監督として融通無碍、見事な選手起用で台湾でのアジア選手権大会に優勝した小枝だが、ことしは昨年よりはるかにきびしいと見られていて、苦心は山のようにあるだろうと思われたが、顔に曇りがなく、相変わらずニコニコしていた。

 試合が進み、彼が「送るべきところはしっかり送り、打たせるべきところは打たせるべきでしょうね」と言ったとき彼を慕う教え子たちは“ホントにそうだ”と、共鳴していた。小枝が拓大紅陵の監督だったとき、推されて千葉県高校選抜の監督として、アメリカへ親善、技術交流遠征をしたことがあるが、このときの遠征コーチや遠征球児たちは、アメリカがバント、またバントで攻めて来たのを思い出していた。そして、彼らは全日本選手選考に当たって小枝の意見がどれだけ聞き届けられるか、ホームラン野球だけでは決して勝てないと、案じていた。ことしのW杯は木のバットの大会でもある。

 彼らは小枝が昨年台湾から帰ってくると、すぐに今年に向かってコツコツと歩いていたのを知っている。彼らは“近くまで来ましたので寄りました”とよく小枝の家を訪れているが、留守だと“先生、歩いているなあー”と実感していた。

 ことしの第99回大会で攻守に素晴らしい活躍をした、広陵高の強肩闘志の捕手、中村奨成も4月21日に広島県営球場での広陵高と広島商の試合を観戦して見て来ている。

 8月20日、全日本代表20選手が高野連から発表された。8月16日の会議で最終決定されたと思えるが、この選考が小枝にとってどうであったかは彼が何も語らないので不明だが、その会議の翌々日の18日、颯と大阪を発ち木更津の拓大紅陵のグラウンドに急行し、夕方同校グラウンドに着くと、現拓大紅陵監督、かつて監督と部長のコンビだった、沢村史郎にグラウンド借用を所望して、ノックの練習を始めた。それは守りの野球の決意かも知れないが、いやノックは選手との“対話”である。小枝のW杯への始動である。代表選手発表の日も小枝は、ひとりノックの練習をしていた。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)