超過酷な巨人の守護神という仕事

2017年08月16日 11時00分

9日の阪神戦で5敗目を喫したカミネロだが…

【赤坂英一 赤ペン!!】カミネロは抑え投手として合格なのか失格なのか。ファンの間でも毀誉褒貶(きよほうへん)著しい。9日の阪神戦で5敗目を喫し、村田真ヘッドコーチが配置転換を示唆したかと思えば、翌10日には外国人来日1年目の球団記録となる20セーブ目。とりあえずガマンして使い続けるしかなさそうである。

 巨人はこれまでにも、外国人を抑えに定着させようとしては失敗を繰り返してきた。最近の例としてすぐに思い出されるのが、2011年のアルバラデホとロメロだ。

 当時の原監督は、球団の意向もあってアルバラデホを抑えに指名。が、すぐに制球難を露呈してしまい、川口投手コーチがロメロの抜てきを進言する。が、こちらもサヨナラ押し出し四球という大失態をやらかし、あえなく信用失墜となった。

 しかし、ロメロの力を買っていた川口コーチはその後も抑えに固定するべく腐心する。アルバラデホを指名する原監督に対し、「ロメロしか(肩を)つくってません」と答えてまで抑えをさせたこともあった。おかげでセーブ2個止まりのアルバラデホを上回る11個を挙げたものの、結局は抑えに定着できず。翌年に2対2の交換トレードでソフトバンクに移籍。なお、この時の交換相手の一人が立岡だった。

 その前の外国人クローザーといえば08~09年のクルーンだろう。横浜(現DeNA)での実績を買われて巨人に移籍、08年はセーブ王(41個)のタイトルを獲得する大活躍で優勝に貢献した。

 しかし、もともと四球が多い上、打たれるたびに批判されることもカンに障ったのか、独り相撲で試合をぶち壊すことが増える。次第に原監督もガマンできなくなり、中継ぎの山口鉄を“抑えの抑え”としてクルーンの後に使うようになった。揚げ句10年は防御率が4点台まで上がり、この年で契約解除である。

 巨人の抑えは、外国人ですら3年持たないほどストレスのたまる仕事なのだ。そういえば02年の守護神だった河原は「狭い東京ドームで抑えをやるのは精神的に1~2年が限界です」と話していた。また河原の先輩の水野も「リリーフをやっていたころ(1990~96年)は毎晩バーボンをボトル半分飲んでも酔えなかったんだよな」ともらしている。

 それぐらい過酷な仕事なのだから、ここは巨人の首脳陣もガマンが必要だろう。