名寮長あるところに覇権あり

2017年03月11日 16時30分

【越智正典「ネット裏」】西武ライオンズの新寮長(兼ファームディレクター補佐)後藤明美に会いに行った。うれしい人事だ。彼ほど二軍用具係…、一軍チーフマネジャー、チーフスタッフ…のときに心をこめて働いていた男はいないからだ。それにボールを運び出すにしても、トンボをかけるにしても、遠征先でバント練習コーナーを設けるにしても、先へ先へ、次の練習課題を考えている。私は何度も感動につかまった。純な男でもある。監督森祇晶に神戸でアンミツをご馳走になったのをいまも忘れないでいる。

 

 西武第二球場センターうしろ、若獅子寮前庭のテラスに春の陽が降り注いでいた。彼はことしの新人甲子園大会優勝投手今井達也、入団2年目・期待の愛斗、同・魔球フォークボールがたのしみな国場翼…ら若獅子17人を預かっている。

 

 球界では昔から“名投手あるところに覇権あり”と言われて来たが、名寮長あるところに覇権ありと言ってもいいだろう。V9巨人の寮長武宮敏明がそうだ。星野仙一が中日に入団入寮したときのドラの寮長岩本信一は、監督水原茂にのぞまれて就任すると植木市へ。帰ってくると寮の玄関前に植えた。選手が地下足袋姿の岩本になにしてるんですかと訊ねた。

 

「これがわからんのか、たわけ! 松と竹と梅じゃ。松竹梅でエンギがいいぞ。これでドラの優勝間違いなし!」。実際の話、コーチの野球技術指導は大切だが、寮の生活、仲間たちの会話のなかからぐんと伸びるヒントをつかむことは少なくない。

 

 後藤明美は1965年2月12日、秋田県雄勝郡稲川町(現湯沢市)で生まれた。稲刈りが終わった田んぼで野球を始めた。米とリンゴの町である。先の話になるが結婚し女の子が生まれると穂乃花ちゃんと命名した。人の香りはほのかに…。いい名前だと感心したがいわれはもっと美しかった。「8月に稲の花が咲くんです。可愛らしくキレイです…」

 

 中学を卒業すると現横手市増田の秋田県立増田高校園芸科に進んだ。冬は吹雪のなかを徒歩で登下校。このときの難儀忍耐が心やさしいが彼の芯の強さを作った。野球部に入りピッチャー。下級生のときから投げた。「3年生に部員がいなかったんです」。謙虚にいうが高3の夏、2回戦で秋田商業に敗れた。

 

 が、西武のスカウト宮原秀明が彼の力投を見逃さなかった。82年のドラフトで指名された。無名だったので6位だったが、抜擢されてメサの教育リーグにも派遣される。ヒジを痛めて現役を退いたが「サブマネで一軍遠征に初めて連れて行って貰ったときはびっくりしましたー。凄いホテル、食事、ユニホームも洗濯して貰えるんです。そんな素晴らしさをみんなに味わって貰いたいです」。

 

 3月3日、穂乃花ちゃんの雛祭りの日は彼は若獅子寮に泊まりだった。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)

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