阪神移籍・糸井の右ヒザ痛再発は吉兆か

2017年02月01日 11時00分

キャンプ出遅れスタートとなった糸井

【赤坂英一「赤ペン!!」】今年のキャンプインを目前に控えて、12球団で一番頭を抱えていたのは阪神に違いない。推定4年総額18億円で契約し、金本監督が「レギュラーは決まり」「20勝は勝ち星が増える」と公言していた糸井が、右ヒザ関節炎を再発させ、いきなり初日から別メニュー調整となったのだから。

 

 糸井の右ヒザには長年の“古傷”があり、オリックス時代の2015年オフ、大変な激痛を伴う注射40本を打つ治療を敢行したほど。開幕に出遅れることはないだろうなと、球団内部でも不安視する声があるという。

 

 しかし、これ、意外に“吉兆”かもしれない。というのも、糸井のように鳴り物入りでFA移籍した大物選手の場合、初年度は周囲の期待にあおられてキャンプ序盤から飛ばし過ぎ、開幕したらまったく真価を発揮できなかった、というケースが少なくないからだ。

 

 実際、FAで阪神入りした打者の移籍初年度の成績を見ると、1994年の石嶺(元オリックス)が打率2割4分6厘、02年の片岡(元日本ハム)が打率2割2分8厘と、糸井と同じ元パ・リーグ勢は散々だ。広島からFA移籍した新井にしても、初年度の08年は張り切って北京五輪にまで出場した結果、腰椎の疲労骨折で94試合の出場にとどまっている。

 

 その点、周囲の目などどこ吹く風、マイペース調整を貫いて大活躍したのが、07年に日本ハムから巨人にFA移籍した小笠原である。キャンプでは力のないスイングを繰り返し、「自分なりに目的を持ってやっている練習なんです」と報道陣をけむに巻く発言に終始。それでいて、シーズンが始まると、2年連続3割30本塁打を達成。優勝にも貢献し、2年連続でMVPにも選ばれた。

 

 古い話をすると、巨人のFA第1号だった落合(元中日)など、94年のキャンプでは常に一番早くグラウンドから姿を消していたものだ。守備コーチのノックを受けている最中、「もう今日は終わり」と練習を打ち切って帰ってしまうのである。00年にダイエー(現ソフトバンク)から巨人にFA移籍した工藤も、「投げたくないときは投げないよ。全然投げてないじゃないかと言われるだろうけど」と自己流の調整に徹していた。

 

 というわけで、“宇宙人”糸井もしばらく本人に任せておきましょう。肝心なのは本番で打てるかどうか、なのだから。