桑田氏 清原被告との“絶縁真相”告白!「KKコンビにこだわりない」

2016年05月19日 05時30分

清原被告への思いを語る桑田氏

 絶縁中の「KKコンビ」に電撃和解はあるのか? 元プロ野球選手で野球解説者の桑田真澄氏(48)が17日に行われた清原和博被告(48)の初公判後、本紙の取材に応じた。桑田氏と同被告は3年前にたもとを分かち、現在は一切連絡を取っていないことが波紋を広げていた。一部では同被告が「桑田だけは許さない」と知人に漏らしたと報じられたが、桑田氏は「彼(清原被告)が僕のことをどう思おうが彼の自由」と本音を明かしつつ、将来の「KKコンビ復活」の可能性についても言及した。

 取材に応じた桑田氏は「(清原被告は)野球人である前に社会人であるわけだから。僕は(清原被告の)引退直後から言ってきた。それで『ほっといてくれ』と言われた。それが彼の人生」と手厳しい言葉で清原被告への思いを切り出した。

 絶縁が決定的になったのは2012年の年末スポーツ特番「KYOKUGEN2012」での対決後。

 清原被告の感動的なホームランで幕を閉じ“伝説の対決”とまで称されたが、舞台裏では2人の関係はすっかり冷え切っていた。

「あのときも言うことは言った。でも、あのあたりから電話もしていない」(桑田氏)

 絶縁状態となり、清原被告は桑田氏へ一方的に怒りを強めていた。逮捕後、報道陣の取材に応じた桑田氏は、更生への願いを語り、清原被告から過去に「もう一切関わらないでくれ」と言われたことを明かした。その様子を伝え聞いた清原被告が「桑田だけは絶対に許さない」と漏らしていたことも報じられた。

 桑田氏は「僕は彼に出会えたことを感謝しているし、彼がいたからこそ野球を深く追求できた。でも、その気持ちを彼にも感じてほしいなんて、これっぽっちも思っていない。彼が僕のことをどう思おうと彼の自由」と冷静に語る。

 清原被告の公判には、親友の元プロ野球選手で野球評論家の佐々木主浩氏(48)が情状証人として法廷に立った。一時は桑田氏が出廷するという報道もあった。

「僕は(佐々木氏と清原被告のように)一緒に飲み歩く仲じゃないから。そういう付き合いじゃない。2人で飲んだのはシーズン前のキャンプでワインを飲んだぐらいかな。僕の飲み方と彼の飲み方は違う。僕は静かに飲むだけ。彼の飲み方で飲んだら体が壊れちゃう」と桑田氏流の言い回しで、2人の関係は「友情」という言葉ではくくれないことを強調する。

 また、清原被告の周囲には「清原は精神的に弱い人間」と同情する声もある。桑田氏は「みなさん知っての通り、弱い人間があれだけの成績は残せない。みんな弱い心を持っている」とバッサリ切り捨てた。

 さらに桑田氏の口からは衝撃的な言葉も飛び出した。

「僕はKKコンビということにこだわりを持っていないんですよ」

 日本中が熱狂した1980年代前半、PL学園で甲子園を制したころの「KKコンビ」はもう存在しない。「人それぞれだから。僕は僕の好きな人生を歩んでいるわけだから。彼は彼の好きな人生を歩んでいるわけだからね」と桑田氏は突き放した。KKのファンからすれば寂しい限りだろう。
 ただ、桑田氏の本音は心の奥底に隠れていた。コンビ復活の望みはわずかながら残されていた。

「人間って、良い面と悪い面もある。僕だってある。キヨだってある。本来の彼は今の彼ではない。彼はアスリートだった、スポーツマンだった。そしてスーパースターだった。彼本来の姿をもう一度見たい。それが率直な気持ちです。彼の『人の役に立ちたい』という言葉を信じたい」(桑田氏)

 これまでの厳しい言葉も「甘やかすことだけでは清原のためにならない」という思いからだ。記者が「再び(2012年のように)対決したいか」と質問すると、桑田氏は「僕は今でも…。いつでも…。投げられるから。そういう対戦をしてみたいよね」と真っすぐ前を向いた。

 ただし、清原被告が更生し、バットを振れる状況になっていなくては意味がない。

「清原サイドからオファーがあったら? それはその時に考えるよ。“いま”はちょっと早いな」と首を横に振った。

 2人に甘えの構図はない。真剣勝負こそがKK本来の姿だ。果たして桑田氏の激辛エールに清原被告は応えることができるのか。

【KKコンビ】桑田氏と清原被告は1983年4月にPL学園に入学。エースと4番として活躍し、甲子園に5季連続で出場し、83年夏と85年夏に優勝した。85年のドラフト会議では早稲田大進学を表明していた桑田を巨人がドラフト1位で強行指名。巨人入りを熱望していた清原は6球団から1位指名を受けた(西武が交渉権獲得)ものの、涙で会見し、KKドラフト事件と呼ばれている。87年の球宴第3戦(甲子園)でプロ入り後初のKK対決が実現。初回に清原が初球を左翼席へ叩き込んだ。96年オフに清原が巨人にFA移籍し、再びチームメートになった。桑田が右ヒジのトミー・ジョン手術から661日ぶりに登板した97年4月6日のヤクルト戦で清原が移籍後初アーチを放ち、復帰白星をアシスト。2012年3月に「スカパー!」のCMで初共演。しかし、桑田は清原の逮捕を受けて会見した2月4日に「3年ぐらい前から連絡を取らなくなった」と衝撃の事実を明かした。

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