ノムさんもうなった!殿堂入り・斎藤雅樹の「エースの美学」

2016年01月28日 10時00分

野球殿堂入りした斎藤二軍監督

【赤坂英一「赤ペン!」】先日、野球殿堂入りを果たした巨人の斎藤雅樹(現二軍監督)は実に不思議なエースだった。いっそ神秘的と言ってもいい。

 

 マスコミには斎藤が1989年に達成した日本記録、11連続完投勝利が大きく取り上げられた。私はそのうちの数試合を取材したが、斎藤に何度勝因を聞いても「どうしちゃったんでしょうね」としか答えないのだ。

 

 この年6月16日の中日戦、斎藤が延長10回までに151球を投げ、記録も7試合で途切れるかと思われた直後にサヨナラ勝ち。少しは違うことを言うかと期待したら、お立ち台でまた「どうしちゃったんでしょうね」。頭にきて「どうしちゃったんでしょうねも4試合連続だ」と書いた記者もいたほど。実話である。

 

 記者には本音を明かさないタイプなのかと思ったら、「斎藤さんはぼくにも本当のことを教えてくれないんです」と話していたのが、92年に西武から移籍してきた大久保だった。斎藤は右打者の内角を攻めようとしなかった。実際はシュートが投げられるのに、いつも外角の真っすぐとカーブで打ち取ろうとする。大久保が初めてバッテリーを組んだとき、何度シュートのサインを出しても首を振られるので、マウンドへ行って直訴した。

 

「シュートを投げてください。お願いします」

 

 その途端、「わっはっはっは」と笑った斎藤、しょうがないと言いたげに「わかったわかった、サイン通りに投げてやるから」と答えてシュートを投げてくれた。大久保の予想通り、相手打者は手も足も出なかった。

 

 内角を突くのは球威のない投手のすることだ。おれは真ん中から外角で打ち取れる。それが斎藤の美学だったのだろう。

 

 3ボール1ストライクから縦のカーブを投げていたのも斎藤独特の攻め方だった。投手としては緩い球を投げるのに勇気が要るカウントで、真っすぐだけを待つ打者心理の裏をかく配球は、当時ヤクルト監督だった野村克也をして、「あれこそピッチングの芸術や」とまで言わしめた。

 

 そんな斎藤の全盛期を終わらせたのもノムさんだった。「斎藤は3―1からのカーブを狙え」と教えられた小早川が、97年の開幕戦で斎藤から3打席連続本塁打。この日を境に斎藤は第一線から退く。エースとなったのが入団7年目で、エースを張った期間が8年。遅咲きで積み上げた180勝は200勝に匹敵する価値がある。殿堂入り、おめでとうございます。