キャンプイン前夜に激震だ。就任4年目の阪神・矢野燿大監督(53)が沖縄・宜野座キャンプを翌日に控えた31日の全体ミーティングで今季限りでの退任を表明した。コーチ、選手、スタッフを前に不退転の決意を示した形だ。ビッグボスからキャンプの主役を奪ってしまいそうな衝撃の決意表明に至った指揮官の胸中は――。

 宿舎での全体ミーティングを終えた指揮官は、その後のオンライン取材で衝撃の告白をした。

「今シーズンをもって監督は退任しようと思っているので、選手たちには伝えました。俺も選手たちに後悔のない野球人生を歩んでもらいたいと言っている中、俺自身退路を決めることで監督として、きょうのあいさつでも『これで最後だな』と思って話をさせてもらいました」

 現役選手が早い段階で引退表明するケースはたまにある。ただ、キャンプイン前日に指揮官が退任表明するのは異例中の異例だ。

 振り返れば、兆候がなかったわけではない。昨年のCS敗退以降、矢野監督の選手たちに対する話には〝死生観〟にまつわる内容が増えていた。記憶に新しいところでは1月7日に行われた新人合同自主トレでの訓示がそう。指揮官はプロの第一歩を踏み出した面々に「始まりは『終わりの始まり』」といった題目で「今日のこの一日は二度と帰ってはこない一日」とした上で、どんな役割でもいずれは「終わり」を迎えること、いずれ来るその日を悔いなく終わるために日々を全力で過ごし、成長を重ねることの意義を切々と説いていた。

 就任3年目の昨季、勝率差でヤクルトにリーグ優勝をさらわれた。19年の就任から3位→2位→2位ときて「もう、2位は許されない」。ならば「自分(の進退)をさしだす」。その思いを言霊に変えて伝え、共鳴した選手の力をもって、これまで手の届かなかった悲願を成し得る――。このタイミングで自分の「終わり」を明確に伝える意図があるとするなら、そんな部分が動機だろう。

 矢野監督の「素」を知る球団関係者は、重大決意をこう推察する。

「4年前に監督就任したとき、矢野監督はコーチ陣に『言葉は波動』という話で『人に何かを伝えようと思ったら、まずは自分がその選手をどう思うか? どうなってほしいか? を相手に伝える。その上で、伝えた以上は相手に自分がその言動にふさわしいアプローチができる人間でいないといないといけない』という話をされていました。そういう意味で、まず自分が発言し、去年までにはない自分の覚悟を示しておきたかったのではないかと思います」

 こんな声もある。

「『監督なんて長くやるものではない』ということを身をもって感じた3年間だったと思う。長くやればやるほど人相すら変わってしまうのが監督業。日本ハム監督を10年やった栗山監督なんて、1年目と最後では顔が別人。それほどまでに監督の重責というのは激務。いつまでもやれない…とは矢野監督だって考えていたことだと思う」

 近い関係者が知る矢野監督は「良くも悪くも、抜くことができない人。『今日しか見に来られない人のために』とか、ファンの声に全力で応えないと絶対に納得しない」という。長いペナントレースを考えれば〝捨てゲーム〟を作ることも大事だが、それはできない。そんな一途な性格だからこそ「今年は何があっても、責任は全て自分が承ると。自分のあり方に覚悟を決めたからこそ、あえて先に(決意を)発信したと思う」と見る向きもある。

 今季のペナントレースを制して就任5年目を迎える可能性を放棄し、矢野監督は片道切符で頂点だけを目指すことを選んだ。〝捨て身〟で17年ぶりのリーグVをたぐり寄せようとする渾身の〝勝負手〟は22年の猛虎にどんな科学反応をもたらすか注目だ。