世界の王が現場に戻ってきたのはなぜか――。昨秋、ソフトバンク・王貞治球団会長(81)に「特別チームアドバイザー」の肩書が加わった。昨季8年ぶりのBクラスに転落したチームは世代交代が急務で、常勝軍団の立て直しにひと肌脱ぐことになった。5月で82歳になるレジェンドが〝陣頭指揮〟する最大の理由は孫正義オーナー(64)と球団フロントが抱えてきた〝憂い〟を払拭するためだった。

 球春到来に胸をときめかせる「世界の王」は使命感を胸にこう言った。「選手との距離を縮める意味で肩書をいただいた」。これまでも本拠地での試合を中心にグラウンドレベルで選手を見守り、声をかける姿はよく見られた。だが、伝える側も聞く側も互いに遠慮があった。王会長は新たな肩書を背負い、新人選手にも〝直撃ラブコール〟を送るほど腕をぶしている。

 昨年7月、厚生労働省が発表した最新の日本人男性の平均寿命は世界2位の81・64歳。王会長が5月に82歳となることを考えれば、今回の現場復帰の異例さが際立つ。この人事を決裁できる人物は一人しかいない。昨年12月、孫オーナーは「王イズムを何としても、王会長の元気な間に徹底的に浸透させていただきたい。私はこういうふうに願っております。王会長が『やりましょう』ということで、私の特別なお願いを聞いていただいた」と明かしていた。かねてチーム運営に一切口を挟まない総帥たっての願いに「世界の王」は首を縦に振った。

 そこまでして孫オーナーの心を駆り立てた理由は何だったのか。総帥は本業で多忙を極める中、定期的なチーム報告にしっかり耳を傾けてきた。その中で球団フロントと共有していた〝憂い〟があった。

「若い世代が王会長の実像を捉えきれていない」

 王イズムの徹底継承を球団理念として推し進める中、新しい世代への浸透に苦心するフロントの姿があった。「25歳前後の選手たちには、どうしても〝すごかった人〟で止まっている。会長の『実像』を捉えきれているのは柳田、中村晃、今宮世代まで。それより下の世代はピンと来ていない。それでは王イズムの継承はうまく進まないということで、オーナーが強くお願いされた」(本社グループ関係者)。憂いの声はここ数年、深まっていた。

 捉えきれていないのは、世代交代の主役となるべき選手たちがほとんどだ。才能や技術はあっても、継続して結果を残せる選手が育っていないのが実情。王会長の現役通算868本塁打は、20年連続で40本塁打を放っても届かない数字だ。それをやってのけた人物が目の前にいるのはソフトバンクの選手だけの特権。〝王の実像〟を捉え、イズムを吸収することで見えてくる景色が必ずある――。

 キャンプイン前日のミーティングでは野手全員に「俺が60年野球をやってきた中で、いろいろ揺れ動いたけど(真理と気づいて)帰ってきたところ。これは時代がどれだけ変わろうが、あと100年たっても野球がある以上、俺は真理だと思っている。それくらい自信がある」と、勝負における自身の心構えを説いた〝秘伝の書〟(冊子)を配布して熱弁を振った。オーナーの憂いを吹き飛ばし、若手を振り向かせ、イズムを再浸透させた先に、真の常勝が築かれていく。