侍ジャパン“生みの親”は王会長

2012年09月21日 18時00分

【名物アナ山下末則のスポーツ末広がり】

 

 来年3月に開催される第3回WBCの日本代表「侍ジャパン」の監督選考が難航している。3連覇を期待される大役だけに、簡単には決まらないのかもしれないが、そろそろ指揮官を決めないことには快挙への一歩も踏み出せない。

 

 ところでサッカー日本代表では、ザックジャパンや岡田ジャパンといった具合に監督名の冠をつけて称されることが一般的だが、WBCの日本代表は「侍ジャパン」が正式名称となっている。ただ、最初からそう呼ばれていたわけではない。

 

 野球の日本代表が○○ジャパンと呼ばれるようになったのは2004年アテネ五輪の「長嶋ジャパン」が最初だ。病に倒れた長嶋氏に代わって指揮をとった中畑氏(現DeNA監督)は、銅メダルにとどまったが、そのプレッシャーたるや「生半可ではなかった」という。

 

 その2年後、第1回WBCに出場した日本代表「王ジャパン」は予選リーグ敗退という危機を乗り越え、優勝に輝いた。しかし、王会長は「王ジャパン」というチーム名に違和感を抱いていたという。さらに2年後の北京五輪に臨んだ「星野ジャパン」は金メダルどころか4位に終わり、激しいバッシングを受けた。