プロ野球界に広がる打撃理論のルーツ 最大流派の家元は「何苦楚魂」の〝怪童〟

2022年01月02日 11時01分

荒川博コーチ(左)は言わずと知れた王貞治〝一本足打法〟の生みの親だ(東スポWeb)
荒川博コーチ(左)は言わずと知れた王貞治〝一本足打法〟の生みの親だ(東スポWeb)

 古来、日本の武術には様々な「流派」というものがある。剣術で言えば「北辰一刀流」「示現流」などが知られているが、バットを用いる日本プロ野球にも「流派」というものが存在する。そこで本紙は、打撃コーチを歴任したプロ野球OB評論家各氏の監修のもと、打撃理論のルーツをたどってみた。 (文中敬称略)

 まず初めに触れなければいけないのは、巨人のコーチとして「世界の王」に一本足打法を指導した荒川博だ。真剣を振り、合気道を取り入れた「荒川道場」の門下生には、早実の後輩で「安打製造機」の異名を取った榎本喜八(大毎)のほか、広岡達朗、黒江透修、高田繁、末次利光らの巨人勢。巨人監督の原辰徳が「臍下丹田」(へその下のツボに気をため込む)という合気道の言葉を好んで使うのも、荒川道場での教えが源泉だ。

 独特の感性を持ち、立大・砂押邦信を師と仰ぐ長嶋茂雄は「荒川流」をかじった程度だったが、松井秀喜をマンツーマン指導で育てた。その一方、巨人には1992年に打撃コーチを務めた中西太の影響が色濃く残っている。中畑清、原も感化され、のちに阿部慎之助も信奉者となった。そんな中西はヤクルト、日本ハム、阪神、近鉄、ロッテ、オリックスなどでも指導者を歴任。自身の打撃理論を広めたが、なかでも強い影響を受けているのはヤクルト勢の面々だ。

1967年、西鉄〈現西武〉選手兼任監督時代の中西太〈東スポWeb〉

 中西は「魔術師」と呼ばれ、義理の父でもあった三原脩を師と仰ぎ、様々な戦術指南書である「三原メモ」を受け継いだ。中西の教えは「手元に引っ張り込んで、強くたたくインパクト重視」。「何苦楚魂」(なにくそだましい)は若松勉、岩村明憲らに強い影響を与え、杉村繁コーチを経て現役の山田哲人らへと受け継がれている。

 阪神への影響も大きい。田淵幸一は法大・松永怜一を師と仰ぎ、阪神で藤井勇の教えを受けたが、田淵から少し後の世代の掛布雅之、岡田彰布、真弓明信らは「中西流」の門下生だ。その一方、ヤクルト時代に中西の弟子だった内田順三は、広島、巨人で「中西流」を広めたが、広島にはもう一つ大きな流れがある。「打撃の職人」「教え魔」「かっぱえびせん」(教えだしたらとまらない)と呼ばれた山内一弘による教えだ。

 阪神、ロッテ、中日、オリックスなど複数球団で指導経験が豊富な山内だが、本紙評論家の伊勢孝夫は「カープでは高橋慶彦が山さんに師事するなど『山内流』が主流でしたね」と振り返る。三村敏之も「山内流」で、その教えは緒方孝市へと受け継がれたが、伊勢自身は中西の弟子で「長内(孝)や山崎(隆造)は中西、山内の両方でしたね。太さんと山さんは認め合っていて、お互いのいいところを取り入れようとしていた」という。

 打ちに行く際の引き手のヒジの抜き方、内角球のさばき方に特徴があった「山内流」を積極的に取り入れたのが南海の野村克也で、野村に師事した高畠導宏は、中日、ロッテなど複数球団の指導歴で山崎武司ら多くの信奉者がいる。阪神で新庄剛志、日本ハムで大谷翔平らを指導した柏原純一も「野村流」で「野村さんの教えはまず、スイングスピードとバットを振るスタミナをつけることが先決でした。とにかくバットを振らされましたよ」と述懐する。

大毎(現ロッテ)時代の山内一弘(東スポWeb)

 ただ、南海では監督の鶴岡一人をヘッドコーチとして支えた蔭山和夫のルートもあり、それは「親分」こと大沢啓二から、本紙評論家の得津高宏へと伝わり、間接的に「得津さんと土肥(健二)さんの打撃を参考にした」という落合博満にもつながっている。落合は独自の打撃理論を持っていたが、山内、高畠にも影響を受けている。得津自身は「私の打撃フォームには榎本さんや与那嶺(要)さんの要素も入っていますが、大沢さんが師匠でした」と語っている。

 中西、山内とは別に、関西球団で大きな流れとなっていたのが「西本流」こと阪急、近鉄の監督として指揮を執った西本幸雄による流派だ。阪急では加藤秀司、大熊忠義、福本豊、近鉄では佐々木恭介、小川亨、栗橋茂らが師事し「ボールをつぶし、たたく」をテーマに後進に多大な影響を与えた。阪急の長池徳士は青田昇の影響を受けた。

 近鉄といえば関根潤三がフォームチェックを依頼していた根本陸夫の存在も大きい。根本は「球界の寝業師」としてフロントマンとしての手腕が知られる一方、指導者としても衣笠祥雄ら教え子に信奉者が多い。根本が大事にしたのは「バットを振らずに、構え、テークバック、ステップをひたすら繰り返す」という準備動作確認。これを受け継いだ土井正博から、清原和博へとつながっていくなど、西武、ソフトバンクには「根本流」が今も根づいている。

 また、清原に影響を与えた広野功は、与那嶺要から谷沢健一らへと続く「中日系」の要素が強い。大洋には岩本義行から松原誠、大下弘から長崎慶一というルートが。ソフトバンクには「荒川流」王貞治の教えが小久保裕紀、城島健司、柳田悠岐へと受け継がれている。小久保は高畠にも師事している。

プロ野球打撃理論の三大流派略図

 最後に伊勢は「大きな流れからすると『荒川流』『中西流』『山内流』といったところでしょうか。今ではいいところをミックスしたりしていますけど、突き詰めていくと誰かしらの理論にたどりつくと思います。ただ、私が太さんの弟子だから言うわけではありませんが『中西流』の支持者が一番多いような気がします。これも、あれだけ多くの球団で指導を重ね続けた太さんだからこそなのでしょう」と話す。

 得津は「誰の教えが正解というわけではないんです。それまでの常識を覆すようなイチローのような選手も突然出てきますし、山頂を目指すルートはいろいろあっていい。『打撃道』というのは、それこそ永遠のテーマなんじゃないでしょうか」――。

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