【赤坂英一 赤ペン!!】今年のセ・リーグのMVP最有力候補はヤクルト・村上だろう。巨人・岡本和と争っている本塁打、打点のタイトルを獲得すれば、記者投票でトップ当選は確実だ。

 大ブレークの予兆は新人王となった2年目、2019年のシーズンにあった。弱冠19歳にして36本塁打、96打点とリーグ3位の結果を残し、近い将来、主砲となることを十分に予感させた。が、当時の村上は欠点が多かったのも事実である。

 この年の打率は2割3分1厘と規定打席到達者最低で、184三振と、リーグおよび日本人選手最多記録を更新。守備でも計15個の失策数(一塁5個、三塁10個)を記録した。そんな粗削りな面が影響してか、新人王の獲得投票168に対し、129票が盗塁王の阪神・近本に流れている。

 その村上、性格的にも一筋縄ではいかず、当時の首脳陣の手を焼かせている。19年のキャンプでは、フォームの「割れ」をつくるように指導されていた。「割れ」とは右足を前に踏み出したとき、バットを持った腕が後ろに残り、上半身と下半身が「割れ」て、体が開かないことを意味する。

 しかし、村上はバットを強く振ることばかりを意識して「割れ」まで頭が回らず。周囲に口を閉ざすことも多く、小川監督(現GM)をして「俺が何を聞いても、本当のことを言わないんだよな」と嘆かせていた。

 そんな状態のままシーズンが開幕すると、村上は1か月足らずで打率1割5分まで急降下。一時は二軍落ちも検討されたが、10代では球団初の2試合連続本塁打を放って何とか踏みとどまった。

 もがき続けていた村上を評して“教育係”の石井琢朗打撃コーチ(現巨人三軍野手コーチ)は、こう言っていたものだ。

「今は青木、山田、バレンティンが主役だから、脇役の村上が多少凡打やミスをしても大目に見てもらえる。逆に言えば、脇役でいられるうちに、いずれ主役になれるような信頼を勝ち取らなきゃいけないんですよ。そういう存在になりつつあるとは思うんですけどね」

 村上がそうした期待に応えたのは、石井コーチが去った昨季7月2日の広島戦だ。自身初のサヨナラ満塁本塁打を放ち、充実の表情で言った。

「去年1年間、すべての打席でいろいろな経験をさせていただきました。これからが勝負なんで、また一日一日、積み重ねていきたいと思っています」

 あの無観客の夜空に放った一発こそ、新主砲が誕生した瞬間ではなかったか。

 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。日本文藝家協会会員。最近、Yahoo!ニュース公式コメンテーターに就任。コメントに「参考になった」をポチッとお願いします。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」(講談社)など著作が電子書籍で発売中。「失われた甲子園」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。他に「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。