松坂が背番号18で臨む〝一球入魂〟のラスト登板 本当に投げられるのか

2021年10月15日 06時15分

背番号「18」時代の松坂大輔(2004年)
背番号「18」時代の松坂大輔(2004年)

 本当に投げられるのか。〝平成の怪物〟の見納めがいよいよ近づいてきた。日米通算170勝をマークしている西武・松坂大輔投手(41)が19日の引退試合、日本ハム戦(メットライフ)のマウンドに立つ。背番号も「16」から西武、レッドソックスなどで着用した愛着のある「18」に変更された。

 1998年夏の甲子園準々決勝・PL学園戦で延長17回250球の熱投、決勝の京都成章戦でノーヒットノーランを達成し国民的スターとなった松坂はプロとなった翌99年4月7日、日本ハム・片岡から内角高め155キロストレートで三振を奪う鮮烈デビューで初登板初勝利を飾った。

 その後もオリックス・イチローとの初対決で3三振を奪い、2006年のプレーオフではソフトバンク・斉藤和巳とのエース対決に1―0完封勝利を挙げ、WBCでの2大会連続MVPなど平成の野球史に大きな功績を残した。

 その松坂の「ラスト登板」はまさに満身創痍という言葉では足りない〝一球入魂〟のマウンドとなりそうだ。

 現役引退の直接の理由となった昨年7月に受けた「脊椎内視鏡頸椎手術」の後遺症は深刻で、松坂の現役引退が発表された7月7日、渡辺GMが語った「体調面、精神面でも決して万全とは言えない状況」は日々の日常生活にも支障をきたす状態をオブラートに包んだ言い方だったようだ。

 引退発表から今回の会見までに要した時間は3か月強。その期間を含めた松坂の実際の状態を知る数少ない関係者の一人はこう打ち明ける。

「ボールを投げる以前に日常生活に支障が出ている状態。腕がしびれてグラブを持ち上げられないばかりか、痛みで夜眠れない状態が続いたり、血圧が不安定に上がったり、自律神経にも異常をきたしている。体の中心である脊椎にメスを入れるということは、そういうリスクを承知した上で(マウンドに戻るために)イチかバチかの手術をしたということ」

 ここ数年、故障とリハビリに明け暮れた松坂の姿は、全盛期の躍動感と自信に満ちあふれた投球フォームは見る影もなく悲壮感に置き換わっていた。

「余力を残して引退」の対義として「ボロボロになるまで現役にこだわる」という野球への向き合い方があるが、松坂の終わり方はそんな言葉では足りない、まさに自らの体を犠牲にした終わり方のようだ。

 辻監督はリハビリ中の目標だったメットライフドームのマウンドに立つ松坂について「今はその日に向けてキャッチボールをして投げられるように、150キロは全然無理だと思うけど、投げられるように頑張ってますよ」と語り、先発させる考えを明かしている。

 実戦のマウンドは昨年3月15日のヤクルトとのオープン戦以来、実に1年7か月ぶり。20年の西武復帰後、最初で最後の一軍公式戦登板となる。まぶしい栄光と深い挫折を味わった男が最後の1球に魂を込め、まさに満身創痍で臨む引退試合を野球ファンはさまざまな思いで目に焼きつけることになる。

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