もし斎藤佑樹が巨人入りしていたら…2010年ドラフト前に波紋呼んだ球団の “示威行動”

2021年10月05日 05時15分

大学日本代表の榎本監督(右)と握手する早大時代の斎藤佑樹(2010年)
大学日本代表の榎本監督(右)と握手する早大時代の斎藤佑樹(2010年)

【赤坂英一 赤ペン!!】もし斎藤佑樹が巨人に入っていたら、どんな投手になっていただろうか。しょせん〝たられば〟ではあるが、彼が引退したと聞いて、2010年秋のドラフト前に巻き起こった大騒動を思い出さずにはいられなかった。

 当時、早大4年だった斎藤を1位指名すると、ロッテとヤクルトがいち早く表明。そこへ、巨人が思わぬ〝示威行動〟に出て波紋が広がった。

 7月30日、斎藤が先発した世界大学野球選手権・韓国との開幕戦。神宮のスタンドに巨人のスカウト陣に加え、清武球団代表をはじめ二軍の投手やバッテリー担当コーチが登場。総勢14人の〝大視察団〟を編成して斎藤の投球を見守ったのだ。

 斎藤は希望する球団について発言を控えていたが、本人と両親は熱心な巨人ファンだと言われていた。巨人の球団幹部が「斎藤が本当に入りたがっているのはウチだよ」と、オフレコで発言していたという事実もある。

 しかし、肝心の斎藤の成績が3年春から下降。巨人OB・高橋善正監督が育てた中大のエース・澤村拓一(現レッドソックス)が巨人希望を公言していたこともあって、現状でも斎藤を指名するべきか否か、巨人内部では議論百出となった。

 否定的なスカウトは「3年になってフォームが崩れた。軸足の右足がブレて、踏み出す左足が突っ張るから、ボールに体重が乗らない。先発で回しても、5勝できればいいほう」とバッサリ。

 一方で「あんなフォームでも勝てる(3年春4勝、秋3勝)のは、それだけ天性の素質とセンスが優れているからこそ」と主張する元投手の巨人関係者もいた。「特に打たれた後の修正能力はピカイチ。ウチで育てれば、1年目はダメでも2年目からは使えるんじゃないか」というのだ。

 起用法について、別の関係者は「先発が厳しいなら、中継ぎに固定するのも一つの手だ」と主張。例えば斎藤の早大の先輩・三沢興一(現巨人二軍投手コーチ)、山口鉄也(同三軍コーチ)のように、斎藤が2~3試合に一度登板してくれれば、観客動員にも大いに貢献するはず、というわけ。

 結果はご存じの通り、巨人は澤村の1位指名を決断。他球団との競合を防ぐためか、ドラフト1週間前の読売新聞で指名を〝予告〟している。

 翌11年、斎藤が入った日本ハムの名護キャンプには連日大勢のファンとマスコミが殺到。「ウチが取っていれば松井秀喜の1年目以上の大騒ぎになったのに」と一部巨人関係者はボヤいていた。


 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。日本文藝家協会会員。最近、Yahoo!ニュース公式コメンテーターに就任。コメントに「参考になった」をポチッとお願いします。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」(講談社)など著作が電子書籍で発売中。「失われた甲子園」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。他に「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。

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