【無心の内角攻戦(21)】1994年、オリックスにイチローが現れた。細い体で振り子のような不思議な打撃をする。ミーティングでは「内に強く、外に弱い」「空振りをしない」みたいな話で、実際に対戦しました。走者が二塁にいて、1球目のインハイがファウルになって、次に外にフォークを投げた。「よし、いい落ち方した!」と思ったら拾われて左前に運ばれた。えっ、今のに対応するの? どんなバッターなんだ? タイミングがずれてバットが出てこないから「いける」と思ったのに、そこからバットが出てきて体勢を崩しながら芯でチョコンと当てられた。

 こんな打ち方されんの? なんじゃこれ…。今ので抑えられなかったら投げるボールないやん、と思いました。タチ悪い打者が出てきたなあって(笑い)。案の定、その年の彼は210安打。三遊間は全部セーフやし、空振りが取れない。僕は速い球もないし、内野ゴロを打たせてかけっこするしかないんだけど、一塁側でもかけっこで負ける。インハイも逆方向に飛ばされたり、投げるボールなくて捕手の古久保健二さんと「どうしようか」とよく話していました。

 ある日、投げるボールが本当になくなって、苦しまぎれに真ん中低めくらいにカーブを投げたんです。そしたら彼はコツンと引っかけて二ゴロ。古久保さんと「これ、いけるんちゃう?」みたいになって(笑い)。次回対戦でも同じ傾向になって、これしかないと。なので最初は打たれていたんだけど、カーブが効果的になったんですよ。95、96年とオリックスは優勝したけど、イチローは僕に対して打率が悪かったんです。96年は21打数2安打、打率9分5厘に抑え、僕は「イチローを抑えた投手」として日本シリーズの解説に呼ばれましたもん(笑い)。

 空振りはしなくて、つい当ててしまうみたいな。カウントを取りに行く途中でコツンと当たったり、なんか彼の対応の仕方が変だったんです。たまたまだったのかもしれないけど、フルスイングせずにポップフライになったり…。向こうはどう思ってたんですかねえ。そのボールを待っていたのか、どうか…その年だけはハマっていたんじゃないですかね。その後は対応されましたけどね。

「この打者にはなぜか打たれるな」ってあるんです。他の投手は抑えてるのに自分だけ打たれる。カモとネギみたいな。ことイチローに関してはどんなエース級が行こうがみんなから打ってしまう。そんな打者いないし、三振せずにあれだけの率を残せるのは彼しかいないですよ。いい結果が出ても翌年はそうでもなかったりするし、ずっとは続かないのに、彼の場合は毎年すごい。しかもモデルチェンジしている。「どうしたら打ち取れるか」と考えても結局「前に走者を出さない」「ヒットはOKやで」みたいになっちゃうんですよね。

 でもあいつ、かわいいとこもありましてね。

 ☆やまさき・しんたろう 1966年5月19日生まれ。和歌山県新宮市出身。新宮高から84年のドラフト3位で近鉄入団。87年に一軍初登板初勝利。88年はローテ入りして13勝をマーク。10月18日のロッテ戦に勝利し「10・19」に望みをつないだ。翌89年も9勝してリーグ優勝に貢献。95年には開幕投手を務めて近鉄の実質エースとなり、10勝をマークした。98年にダイエーにFA移籍。広島、オリックスと渡り歩き、2002年を最後に引退した。その後は天理大学、天理高校の臨時コーチや少年野球の指導にあたり、スポーツ専門チャンネル「Jスポーツ」の解説も務めている。