【山崎慎太郎コラム】寂しかった…ドラフト1位指名・福留孝介の近鉄拒否

2021年08月26日 11時00分

PL学園の福留を7球団競合の末、引き当てたが・・・
PL学園の福留を7球団競合の末、引き当てたが・・・

【無心の内角攻戦(18)】1995年に僕は初めて開幕投手を務めたんですけど、主力の退団で苦しい戦いが続き、鈴木啓示監督が8月に途中休養、水谷実雄コーチが代行になりました。でもそれでチームが一丸となるわけでもなく、僕は自分のことをやっていこうとだけ思っていましたね。首脳陣や球団への不信感はみんな持っていたと思うし、何が変わったか、というと何も変わっていないですよ。

 その年は6位。オフのドラフトでは佐々木恭介新監督がPL学園の福留孝介をクジで「ヨッシャー」で引き当てたにもかかわらず、入団拒否ということでした。「あ、断られたんや…」って。プロに1位で指名されるのは名誉なことだとは思うけど、行きたい球団ではなかった。福留側もいろんな情報を聞いていたと思いますよ。

「今の近鉄は雰囲気よくないで」とか、野茂英雄が離れたり、監督が休養したり、ゴタゴタしていることがずっと報道されていたしね。高校生でも入る子もいれば拒否る子もいる。寂しさはありますよ。パ・リーグのチームって断られることがあったし、ウチもそうなってしまった、人気ないんだなって。それだけ魅力のない球団ということなんだから…。

 新監督は近鉄や阪神でコーチをされていた恭介さん。どんなチームになっていくんやろうと感じていたし、FA権を取得していた村上隆行さんも師匠が監督ということで残留しました。恭介さんは…血の気が多い印象かな。コーチ時代からお客さんのヤジに反応してベンチからケンカしてましたもん(笑い)。でも投手陣に関して言えばそんなに何も変わらなかったですね。

 96年、キャンプ前の自主トレでサイパンに先乗りで行ってたら「監督からの提案」ということで佐藤道郎コーチから開幕投手の話をされたんです。僕は前年の開幕投手だったし、普通は前のシーズンの勝ち頭がやる流れでした。佐藤コーチは「お前がこだわりがあるならお前で行くけど、どうなんだ」って。僕ってこだわりないんですよ(笑い)。エースと呼ばれるのも嫌でしたもん。

 開幕カードが西武でその次がオリックス。前年の相性でぶつけたいということだったみたいで、僕が「固執していない」と言うと、その場で一緒に先乗りしてた高村祐が呼ばれたんです。佐藤さんが「おーい、高村、お前、開幕な」って(笑い)。目の前で簡単に決まったんで「えっ」と思いました。僕はオリックス戦の頭でいくことがその時点で決まったんです。

 その年の僕は8勝13敗でチームは4位に終わりましたけど、新加入したタフィ・ローズ、若い中村紀洋が出てきて「いてまえ打線」は好調でした。翌97年は大阪ドームに本拠地を移し、Aクラスに食い込んだ。僕はその年のオフにFA権を行使、13年間在籍した近鉄を離れる決断を下し、ダイエーに移籍することになります。

 ☆やまさき・しんたろう 1966年5月19日生まれ。和歌山県新宮市出身。新宮高から84年のドラフト3位で近鉄入団。87年に一軍初登板初勝利。88年はローテ入りして13勝をマーク。10月18日のロッテ戦に勝利し「10・19」に望みをつないだ。翌89年も9勝してリーグ優勝に貢献。95年には開幕投手を務めて近鉄の実質エースとなり、10勝をマークした。98年にダイエーにFA移籍。広島、オリックスと渡り歩き、2002年を最後に引退した。その後は天理大学、天理高校の臨時コーチや少年野球の指導にあたり、スポーツ専門チャンネル「Jスポーツ」の解説も務めている。

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