【赤坂英一 赤ペン!!】

「ヘイ、カール!」

 東京五輪の陸上男子100メートル決勝のテレビ中継を見て、長嶋茂雄さん(巨人終身名誉監督)の甲高い声を思い出した人は多いだろう。もしコロナ禍が沈静化し、体調が許せば、国立競技場へ観戦に訪れていたかもしれない。

 冒頭の伝説的な“長嶋節”が飛び出したのは、30年前の1991年8月、旧国立競技場で世界陸上・男子100メートル決勝が行われた直後だ。親交のあったカール・ルイスが、当時の世界記録9秒86で優勝。スタンドでリポーターを務めていた長嶋さんは、矢も盾もたまらず立ち上がるや「カール、カール!」と連呼したのである。

 これに気づいたルイスもトラックからスタンドに駆け寄り、長嶋さんとガッチリ握手。この“名場面”はもちろんテレビで全国に中継された。

 このころ浪人中だった長嶋さんは、84年ロス、88年ソウル、92年バルセロナと五輪を3大会連続で訪問し、現地で取材。とくに、ロスで100メートル、200メートル、走り幅跳び、4×100メートルリレーの4種目すべて金を獲得したルイスを絶賛していた。

「(現地の)記者会見を聞いてたら、彼は4種目すべてで金を取ると予告しましてね。すごいことを言うなあ、と思ったんですが、本当に金を全部取った。あれこそ本物のスーパースターですね」

 その後、長嶋さんは犬好きのルイスに秋田犬をプレゼント。長嶋さんが脳梗塞を発症した際には、ルイスからお見舞いのメッセージが届いた。

 しかし、91年世界陸上の“名場面”は、思わぬ波紋を広げた。長嶋さんは当時、第1次巨人監督を80年に解任されて11年連続浪人中。毎オフのように復帰を期待する声が起こり、大洋(現DeNA)や西武が監督招聘に動いたこともあった。

 そうしたさなか「ヘイ、カール!」とやったものだから、一部のファンやマスコミから「この人は監督よりタレント向きだな」と失笑を買ったのだ。91年に読売新聞社社長に就任した渡辺恒雄・現主筆も、ひそかに眉をひそめていたと伝えられる。

 だからかどうか、巨人系列の週刊読売(2008年休刊)は改めて長嶋さんの巨人復帰をあおる特集を組んだ。タイトルもズバリ「長嶋さん、“ヘイ、カール”なんて言ってる場合ですか!」。この記事の中で、熱烈な長嶋ファン、巨人ファンのタレントが口々に復帰のラブコールを送った。

 翌92年オフ、長嶋さんが巨人監督に復帰したのはご存じの通りである。