西武・松坂大輔の光と陰 09年「WBC連覇の代償」 股関節痛後の13年間は29勝33敗

2021年07月08日 10時32分

2009年のWBCでMVPを受賞した松坂
2009年のWBCでMVPを受賞した松坂

 西武が7日、松坂大輔投手(40)の今季限りでの現役引退を発表した。

 昨年7月に受けた「脊椎内視鏡頸椎手術」の経過が思わしくなく、渡辺GMが「体調面、精神面でも万全とは言えない状況」と語ったように、本人が自分の言葉で引退に関するコメントを発するまでには、まだ療養と時間が必要なようだ。

 西武ファンの待つメットライフドームのマウンドに戻るために、2011年のトミー・ジョン手術から数えて3度目の大手術を選択し、孤独で過酷なリハビリに立ち向かっていた松坂。
 
 ここまでの現役23年間、日米通算376試合(2254回2/3)に登板し、170勝108敗、2セーブ、2130奪三振、防御率3・53の成績を収めてきた日本球界のレジェンドだが、その成績の過半は西武での鮮烈なルーキーイヤー、1999年(19歳)からレッドソックス2年目の2008年(28歳)シーズンまでの10年間に記録されたものだ。

 その10年間で8度のシーズン14勝以上、5度の200奪三振、3度の200イニング登板をマークしていた松坂の成績は265試合(1775回)登板で141勝75敗、防御率3・03。そのまま順調に行っていれば4年後の12年シーズンあたりに西武入団時の恩師・東尾修氏に約束の「200勝ボール」を届けられるはずだった。

 しかし、日本が2大会連続優勝を果たした09年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では自身も2大会連続となるMVPに輝きながら、その準備段階で、その後の投手生命の明暗を分ける「股関節痛」を患った。その痛みをかばうがゆえに投球フォームを崩し異変箇所が投手にとって、いや日常生活を送る上でも支障が生じる肩、ヒジ、頸椎へと〝転移〟してしまった経緯がある。

 事実、プロ野球人生の分岐点となったRソックス3年目、29歳シーズンの09年以降は松坂が2ケタ勝利を挙げたシーズンはない。4度の一軍未登板シーズンを含めた13年間のトータル成績は111試合(479回2/3)登板でわずか29勝33敗、防御率は5・40にまで落ち込んでしまった。

 1998年、高校野球史に残る死闘、PL学園との延長17回、250球を一人で投げ抜き社会現象にまでなった伝説の右腕の残酷なまでの光と陰…。

 しかし、将来の監督やコーチといった〝引退後の保険〟に一切の関心がなく「投げることこそ自分の存在証明」と信じてきた松坂が、ボロボロになるまで現役、そしてマウンドにこだわり続けたのは本人の中では必然だった。

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