ウイスキーに大入り袋…ニクいスカウトそれぞれのスタイル

2021年06月06日 10時00分

西武管理部長時代の根本陸夫氏

【越智正典 ネット裏】根本陸夫は西武管理部長時代、センバツが始まると、プリンスホテルのウイスキーを下げて甲子園球場場外、毎日放送の中継本部のテントを訪ね「いい放送をしてください。アマチュア野球あってのプロ野球です」。夏も大阪朝日放送のテントに差し入れはウイスキー。「アマチュア野球あってのプロ野球です」。ニクイ男である。

 巨人の「エースのジョー」城之内邦雄がスカウトを務めていたことがある。「板前さん、弁護士さん…友だちが増えました」。未来は周辺にありである。

 その日――。博多の岩田屋デパートの文具売り場で中日のスカウト池田義定が大入り袋を買っていた。そうだったのか――。前夜、ナイターだった翌朝、九州のアマ野球関係者が喜んでいた。「池田さんがわざわざ大入り袋を届けてくれました」。池田の家について行くと、机の上にドラゴンズのハン。竹筒に10円玉を貯めていた。大入り袋のなかは当時10円。エンギものだから受けとれる。池田に情報が集まるわけだ。池田義定もニクイ男である。

 巨人伊藤菊雄スカウトは、夏の甲子園大会初日は必ず背広着用、ネクタイをキュッと締めて来場。大会への畏敬である。2日目からは…失礼しますとシャツ姿。でも、ループタイをしていた。伊藤はPL学園の吉村禎章(巨人作戦コーチ)ら俊英を獲る。吉村は巨人軍史上、最も礼節正しい一人である。

 北海道登別大谷高校、道都大学、日産サニー、南海、ダイエースカウト石川晃は春、夏、甲子園大会の昼、みんなに食事に行って下さい…と、荷物番。食べに行かなかった。これが独立独歩、彼の見事な歩みの出発点であった。

 井口資仁(ロッテ監督)、和田毅(ソフトバンク)を獲得。MLBへ送り出すのを決断。ロッテに呼ばれ、2009年社命でだれも出来なかった監督ボビー・バレンタインの整理を断行。10年に球団副代表。ロッテに安定時代をもたらしている。退団後、会社を興し、隆々栄えているが、彼はいまでも和田毅を育てた早大監督野村徹、稲門での尊称「野村一徹」を尊敬している。石川晃も「一徹」と呼ぶとよく似合う。和田は20年、対巨人の日本シリーズ第4戦、ソフトバンクの先発マウンドへ。大胆で巧緻、鮮やかに投げて日本一。

 現役後、ダイエースカウト。四日市商業、中日、高橋、近鉄、南海の投手伊藤四郎は会うと「鶴岡さんは偉かったなあー。遠征に出ても朝はやく起きて選手探しに出かけたなあー」。

 この南海の名将鶴岡一人は通算1773勝、勝率6割9厘。監督勝利第1位。1953年7月、峰山高校野球部長清水先生から手紙を貰ってホロリ。「うちに感心な生徒がいます。一度見て下さい」。汗を拭き拭き京津大会京都予選を見に行って採用したのが野村克也である。

 2021年のペナントレースが始まっている。名鑑を見ると、日本ハムのスカウト、スカウト部長、GMだった山田正雄(明治高校、ロッテで打者と投手)が球団顧問。日本ハムを見直した。山田正雄は昇進するたびに身なりが地味になる。慎み深い男である。

=敬称略=

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