【加藤伸一連載コラム】田舎育ちが幸い 遊びで磨いた!?走塁センス

2021年05月12日 11時00分

小学生時代に地元紙の取材を受けたことも

【酷道89号~山あり谷ありの野球路~(2)】故郷の鳥取県倉吉市は人口5万人ほどの小さな田舎町です。関金温泉や倉吉白壁土蔵群といった観光スポットもありますが、僕の育った昭和40年から50年代後半はこれといったレジャーもなく、遊ぶといえば野球ぐらいしかありませんでした。

 野球に興味を持つのは自然というより必然だったわけですが、決して環境が良かったわけではありません。4年生になってやっと入ることができた倉吉市立小鴨小学校の野球チームも初めてユニホームができたのは5年生になってから。最初は体操服にゼッケンを縫い付けて試合をしていたほどです。指導してくださった先生も野球に関しては素人同然でした。

 それでも僕が6年生のときに、小鴨小は市の大会で初優勝しました。参加10チームほどの小さな大会ではありますが、創部以来初の快挙だと聞きました。地元紙の日本海新聞の記者さんもいらしていて、エースだった僕は初めて取材というものを体験しました。

 特に恵まれた環境でもなかったのに野球がうまくなっていったのには理由があります。恵まれていなかったからこそ、いろいろと工夫したことも大きな要因でしょう。

 小学校低学年のころ、兄とのキャッチボールでうまく捕球できず、痛さと捕れない悔しさから泣いていたという話を前回書きましたが、悔しいからこそ「今度は捕ってやる!」「いいボールを投げたい」という気持ちも湧いてきます。捕球練習は壁当てでもできるし、ボールがなければ石を投げてコントロールを磨くこともできる。授業の合間の休み時間には廊下で「ろくむし」をして、遊びの中でランダウンプレーの感覚を身につけていきました。

 ちなみに「ろくむし」って分かりますか? 野球のベースに見立てた目印を10メートルぐらいの距離で2つ置き、守備側2人にタッチされたり、ボールをぶつけられないまま6往復できたら攻撃側の勝ち…という遊びです。最近では廊下でボールを投げたり走ったりなど許されないのでしょうが、こうした遊びの中でこそ、走者をどう追い詰めるかやボールから目を離さないことの大切さを学んだり、走塁センスが磨かれたりするのです。ワックスがけした後の廊下などはスライディング練習にも最適でした。

 ボールの握り方やカーブの投げ方、正しいバットスイングに守備の基本などは小学館入門百科シリーズの「野球入門 基礎編」「守備編」を繰り返し読んで学びました。確か表紙は現ソフトバンク球団会長の王貞治さんだったと思います。

 野球に限ったことではありませんが、大事なのは「勝ちたい」「うまくなりたい」という気持ちがあるかどうか。倉吉市は冬になると数十センチ単位で雪が積もるため、外で野球ができません。しかし、雪の中を走り回ることでバランス感覚が身についたり、下半身が強化され、雪合戦で制球力をつけることもできる。僕の場合、プロ野球選手を目指す上で田舎育ちだったことが良かったのかもしれません。

 ☆かとう・しんいち 1965年7月19日生まれ。鳥取県出身。不祥事の絶えなかった倉吉北高から84年にドラフト1位で南海入団。1年目に先発と救援で5勝し、2年目は9勝で球宴出場も。ダイエー初年度の89年に自己最多12勝。ヒジや肩の故障に悩まされ、95年オフに戦力外となり広島移籍。96年は9勝でカムバック賞。8勝した98年オフに若返りのチーム方針で2度目の自由契約に。99年からオリックスでプレーし、2001年オフにFAで近鉄へ。04年限りで現役引退。ソフトバンクの一、二軍投手コーチやフロント業務を経て現在は社会人・九州三菱自動車で投手コーチ。本紙評論家。通算成績は350試合で92勝106敗12セーブ。

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