巨人の桑田真澄投手チーフコーチ補佐(52)が春季キャンプで投手陣を精力的に指導している。何しろ古巣復帰は15年ぶりのこと。大きな期待がふくらむ一方で、少なからずの不安もある。周囲とのコミュニケーションはうまくとれているのか。2002年から5年間、巨人で先輩後輩の間柄だった本紙評論家・前田幸長氏が指摘した「桑田真澄の生かし方」とは…。

【前田幸長・直球勝負】レジェンドの桑田さんが巨人に投手チーフコーチ補佐として復帰したことは、間違いなくジャイアンツの一軍投手陣にとってかけがえのない〝財産〟となるはずだ。

 ただし、それを生かせるかどうかは選手個々の自覚次第。エース・菅野のように実績十分な選手ならば話は別だが、まだ経験の浅い若手たちは「あの桑田真澄さん」と及び腰になってしまうかもしれない。今のところは桑田さんのほうから積極的に選手たちに声をかけているようだが、聞くところによると「桑田さん、これはどうすればいいんでしょうか」と気軽に質問をぶつけるけてくる選手は、まだまだ少ないそうだ。こればかりは、少々時間が必要になってしまうかもしれない。

 かく言う自分も最初はそうだった。2001年オフ、私は中日から巨人へFA移籍した。それなりに経験を積んでいたつもりだったが、さすがに当時在籍していた工藤さん(現ソフトバンク監督)、そして桑田さんにあいさつした時は自然に背筋がピンと伸びた。

 こりゃあ、すごいチームに入ったなぁ…。そう思いながら冷や汗をかきつつ翌02年の春季キャンプでレジェンドたちを前にモゴモゴしかけていると、桑田さんが自ら「キャッチボールしよう」と声をかけてくれた。これは本当に心からうれしかった。それと同時に〝生きる教科書〟の練習を体感できる好機ととらえ、小躍りしたことを今でもハッキリと覚えている。

 そのキャッチボールの最中の出来事だ。「カーブいくよ、前ちゃん」との掛け声とともに、桑田さんがゆったりとしたフォームから〝魔球カーブ〟を投じると…。あまりにもエグい変化の仕方に私は思わず驚き、恥ずかしながら対応できずに捕球し損ねてしまった。カーブが直撃した右足親指の爪の先はどす黒く変色し、文字通りに身をもって桑田さんのすごさを思い知った。

 とにかく桑田さんはキャッチボールを人一倍にとても大切にしていた。すべてのプレーの基本であり、コンディションのバロメーター。特に投手にとっては、体にひねりの動作をまじえながら投球フォームの確認を行う上でも重要なウオーミングアップだ。しかし当時の桑田さんは、このキャッチボールの動作について「体をひねらないでボールを見せるんだ」と私が解釈していたセオリーとは異なることを繰り返し口にしていた。

 その真意はつかめなかったが、凡人の私なりに考えてみて後々ようやく分かったことがある。体をひねらずに投げるボールは一見、打者にとってボールが見やすくなるのだが、投球フォームの動作からの球種の予測がしづらくなる。そこから桑田さんは〝打たせて取る術〟に磨きをかけ、ボールを動かすツーシーム系の習得にもつなげた。

 この2002年シーズンで桑田さんは4年ぶりに2桁勝利をマークし、34歳で最優秀防御率の個人タイトルも獲得。チームを日本一に導く原動力となった。大スター選手でありながら一切慢心せず、ベテランになっても球界の第一線で輝き続けようと努力を重ねた姿には感心させられ、それが今の私にとっても大きな〝財産〟となった。

 だからこそ、私は言いたい。ベテラン若手を問わず、チームすべての人たちが、どんどん桑田さんと熱い議論を交わすようになってほしい。桑田さんも惜しみなく〝遺伝子〟を伝えてくれるはずだ。

(本紙評論家)