【藤井康雄連載コラム】「全然いけるじゃん」引退前のイチローの自主トレを目撃

2020年12月22日 11時00分

東京ドームの試合後、夜中から記者会見に臨むイチロー

【藤井康雄「勇者の魂」(39)】2019年はオリックスの二軍打撃コーチを任され、二軍監督になった中嶋聡(現一軍監督)と再会しました。年は違うけど同期入団で1995、96年の優勝メンバー。印象は…ずいぶん変わりました。昔はちゃらんぽらんだったから(笑い)。球団を渡り歩き、いろんな経験をして大きく成長したと思います。雰囲気づくりがうまくて自主性を大切にする。選手とよく対話し、コーチには「あまり教えるな」と…。僕の考え方と似ていたし、やりやすい監督でした。選手と近い関係というか信頼されていたと思います。一軍にも合うと思うし、ベンチを気にせず試合に集中させてくれる監督ですね。

 その年の3月21日、マリナーズのイチローが東京ドームの試合後に引退を発表しました。1月に神戸の自主トレに顔を出し、打撃練習を見て「すげえな。この年でも全然いけるじゃん」って思っていたのに…。当時は「最低でも50歳までやる」なんて言ってたから、ほんとにやれるんじゃないかって思うくらいでした。技術的には悪いところがなかったと思います。

 引退のニュースが流れた時に思ったことは…。僕もそうだったけど、練習ではできることが試合でできなくなるんです。感覚が違うんですよ。投手の速球、変化球への反応というのが、年齢と関係してくる。僕も普通に一塁を守っていても最後の方は投手からのけん制球が速くて怖い感覚がありました。練習だったらフリー打撃でスタンドに運べても試合では…。そういうズレがあったんかな、と思いますね。

 20年前、メジャーに行くと聞いた時は体が細いし、もっとすごいのがゴロゴロいるだろう、通用するのかと思っていました。それが1年目から首位打者と新人王にMVP。あの技術なら通用するんだ、世界のトップクラスなんだって。それくらいすごい選手と一緒にやっていたんだなって思いますよね。僕らは日本で3割打つのが未知の世界なのに…。

 イチローが野手の先駆者として活躍したことで、後が続くようになったでしょう。日本の野手もすごいぞっていうのを見せつけてくれた。そんな彼の日本時代を知っているわけだし、それを人に話している自分も楽しいというかね。でも、メジャーに行ってからは彼の試合はほとんど見てません(笑い)。いなくなってチームは大変だし、自分のことで精一杯でしたからね。

 オフには神戸で会っていましたよ。年に1回だし、会うと昔のまんま。でも向こうは球界の宝だから気を使うし、恐れ多くて飯に誘ったことはないですよ(笑い)。あいつがいつも行く神戸の牛タン屋で偶然会ったことはありますね。尊敬の念しかないし、一緒に野球ができてよかったですよ。

 彼の今後の野球人生について思うことは…。昨年12月に学生野球資格回復研修を受けに行ったらイチローがいてビックリしました。

 ☆ふじい・やすお 1962年7月7日、広島県福山市出身。泉州高(現近大泉州)から社会人・プリンスホテルを経て、86年のドラフト4位で阪急に入団。長距離砲としてブルーサンダー打線の一角を担った。オリックスでも95、96年の連覇に貢献。勝負強い打撃が持ち味で、通算満塁本塁打(14本)は歴代3位。代打満塁本塁打(4本)は日本記録。2002年に引退後はオリックス二軍打撃コーチ、11年からソフトバンクで一軍打撃コーチを務め、18年にオリックスに一軍打撃コーチとして復帰。今年から総合建設業「共栄組」に籍を置き、JSPORTSの解説、神戸中央リトルシニア、関西創価で指導している。

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