某球団コーチが警戒する広島の「積極的走塁、攻撃的守備」復活

2020年12月18日 11時00分

秋季練習を見守る広島・河田ヘッド

【球界平成裏面史・広島編(7)】「来年のカープは間違いなく今年より強くなるだろう。何をやってくるかわからない不気味さ、足をからめたいやらしさが復活するんじゃないか」

 私の知り合いの某球団のコーチは、こう言って警戒心を強めている。今オフ、河田雄祐がヘッドコーチとして3年ぶりに広島に復帰したからだ。

 その河田ヘッドが先月19日の就任会見で強調したのが「パ・リーグに勝つ」ことだった。

「カープのポテンシャルやスキルはセのトップ。パのレベルの高さに太刀打ちできて、パと互角に戦えるチームをつくっていければ、と思います」

 今年の日本シリーズで巨人がソフトバンクに2年連続4連敗で惨敗したことを踏まえての発言である。と同時に「パに追いつき、追い越せ」は、河田が以前から口にしていた目標でもあった。

 河田は昭和60年(1985年)、ドラフト3位で帝京から広島に入団し、平成8年(96年)に西武へ移籍。バイプレーヤーとして活躍したのち、平成15年から西武でコーチに転身する。一・二軍で一・三塁のベースコーチ務めていたころ、こんな話を聞かせてくれた。

「パはセに比べて、走塁に対する意識が高いように感じます。ただ盗塁が多いというのではなく、1本のヒットで、貪欲に一つでも先の塁を取ろうとする。そういう姿勢が徹底してるんですよ」

 そういう〝足の脅威〟を痛感させられたチームが、メジャーリーグ経験者の井口資仁(現監督)が入った平成21年ごろのロッテだったという。

「井口が来てからロッテの選手全員の走塁が変わった。チーム全体が攻撃的な走塁をしてくるようになった気がします」

 そういうチームに勝つには、自分たちも走塁を疎かにしてはならない。西武に凡打して一塁への全力疾走を怠った選手がいると、河田は主力でも遠慮なく注意している。ただし、プライドの高い選手の場合は、ミーティングでの名指しを避け「本人にだけはちゃんとわかる言い方をするようにしていた」そうだ。

 平成27年オフに西武を退団し、外野守備走塁コーチとして広島復帰。早速参加した日南の秋季キャンプで、河田は選手にこう言い聞かせた。

「フォークに空振り三振したとき、ワンバウンドの球を捕手がはじいたら、絶対に一塁へ走ろう」

「ランナー三塁で打者が内野ゴロなら、これからは少々際どいタイミングでもゴー!だ。そういう攻撃的な敵のスキを突く走塁をやっていこう」

 口酸っぱくして訴えた意識改革が実って、25年ぶりに優勝した平成28年はチーム盗塁数が前年リーグ4位だった80個から、リーグ1位で唯一の3桁に乗せる118個へ飛躍的にアップ。2連覇した平成29年も112個で2年連続のリーグ1位と唯一の3桁をキープした。

 ちなみに、5位に終わった今季のチーム盗塁数はリーグ4位のわずか64個。3連覇中の半分近くまで減ってしまった。

 河田は丸佳浩、鈴木誠也、野間峻祥ら外野手の守備力向上にも心血を注いだ。優勝した平成28年は春の日南キャンプで連日ノックバットを振りながら、こう言って外野手たちを鼓舞している。

「これまでは丸にしても(鈴木)誠也にしても、後ろに下がって捕る選手が多かった。前に守って後ろにそらしたり、頭の上を抜かれたらヤバイと考えるからなんでしょうが、そんなことじゃ敵にナメられますよ。相手の打者が、抜けた、落ちたと思った当たりを捕ってやって、やられた! と思わせるようでないと」

 紅白戦で丸がセンター前の打球に突っ込むと、後ろにそらしてしまって〝サヨナラ負け〟。その直後「そういう姿勢でいいんだ!」と、大声でホメていたのがいかにも熱血漢の河田らしい。

 平成時代に3連覇した広島の積極的走塁、攻撃的守備が令和時代にどこまで蘇るのか。セ・パ両リーグの野球を熟知した河田ヘッドコーチの手腕にかかっている。

(赤坂英一)

=広島編終わり=

関連タグ: