カープ復活3連覇を呼んだ衝撃のW復帰 「新井説得」の黒田が広島に戻った真の理由は…

2020年12月11日 10時00分

25年ぶりのカープ優勝に抱き合う黒田と新井(2016年)

【球界平成裏面史 広島編(1)】平成28年(2016年)~30年の広島3連覇は、平成一番の〝大異変〟と言っていい。平成3年以降優勝から遠ざかり、平成10年(98年)~平成24年と15年連続でBクラスだったチームが、巨人をしのぐ王者と呼ばれるほどの常勝軍団に変身したのだから。

 中心的役割を担ったのが、平成24年オフにカープに復帰した新井貴浩、黒田博樹である。一度はFA宣言して移籍したのち、広島に戻った選手は過去にいなかった。二人が長年の前例を打ち破った裏側に何があったのか。

 新井が経緯を明かしてくれたのは、私が週刊誌「サンデー毎日」の仕事でインタビューした時のこと。広島復帰から3年がたって、チームが2連覇を目指していた平成28年のシーズン中である。

「僕自身は最初、広島に戻れるなんて、思ってもいませんでした。むしろ、戻っちゃいけないと考えていたくらいですよ」

 そう言う新井は、広島時代から親しかった金本知憲を慕って、平成19年オフに阪神へFA移籍。当時は広島ファンに「裏切り者!」と散々罵声を浴びせられた。それから7年後の平成26年、定位置の一塁をマウロ・ゴメスに奪われて、出場機会が激減。契約更改では推定年俸2億円から7000万円へ大幅減俸を通告された。

 そうしたさなか、広島とは別の球団が新井に興味を持っていると、人づてに聞かされた。そこで同年11月4日、新井が球団事務所で自由契約を申し入れた矢先、阪神の南信男球団社長に言われたのだ。

「それで、もうカープには連絡してるのか?」

「えっ、してないですよ」

 このときすでに、南の元には広島が新井を復帰させようとしている、という情報が入っていたという。一度、広島サイドに確認するようにと南に勧められ、新井は広島の鈴木清明常務取締役編成本部長に電話をかけた。

「南さんにお話を聞いたばかりなんですが、どういうことでしょうか」

 鈴木の答えはもちろん「カープに戻ってこい」だ。が、新井はすぐには返事ができなかった。

「正直、うれしかったし、帰りたいと思いました。だけど、そう思えば思うほど、もうひとりの自分が出てきて『おまえな、さすがに帰ったらダメだろう』と言うんです」

 数日後、新井は鈴木に断りの電話を入れた。が、鈴木も譲らない。7年前に新井がFA宣言した時は、新井の言うことを聞き入れた。今度は新井が、こっちの言うことを聞く番じゃないか、と。

「そこからまた、葛藤が続きました。FAで出て行く時より、帰る時のほうが悩みましたね」

 そこへ黒田から電話がかかってきたのである。

「話は聞いてる。新井、どうするつもりだ?」

「やっぱり帰れないですよ。僕は、帰っちゃいけない人間だと思います」

「そんなこと、何も気にするな。おまえはカープに戻ればいいんだよ」

 この黒田の一言が新井の背中を押した。「黒田さんの電話がなかったら最後まで決心がつかなかったかもしれません」と新井は振り返った。

 こうして新井は改めて鈴木と話し合いを持ち、1年契約、推定年俸2000万円の条件を了承。11月14日に正式に契約を結び、会見が開かれた。

 ちなみに、新井を説得した黒田が広島復帰の意思を鈴木に伝えたのは、年も押し迫った12月26日。発表はその翌日だ。黒田はその1か月以上も前、先に新井にカープ復帰を勧めていたことになる。

 黒田のほうにも復帰の理由を尋ねたら「何度も聞かれましたが、自分でもよくわかりません」とはぐらかされた。新井だけは真の理由を知っているかもしれないが。25年ぶりに優勝した平成28年、新井と黒田は目を潤ませて抱き合った。二人にしかわからない感情が交錯しただろう、あの瞬間もまた、平成を象徴する名場面だった。(赤坂英一)=続く=

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