【藤井康雄連載コラム】スカウト1年目の目玉は大阪桐蔭・中田だったが…

2020年12月02日 11時00分

プロの注目を集めた大阪桐蔭・中田

【藤井康雄「勇者の魂」(28)】2007年に初めてユニホームを脱いでスカウトに転身しました。それまで“ミスターブルーウェーブ”とか言われて自分の中に甘さもあったと思うんだけど、ずっと球団でコーチとしてやっていけるんじゃないかな、なんていう気持ちがあった。それを4年で外された時に「今のままじゃダメなんだな」とハッと気づいた。最初はショックはありましたね。

 スカウトって選手を獲得することなんだけど、年間通じてどういう動きをしたらいいのかわからない。いずれもう1回ユニホームを着たい、という思いを持ちながら違う角度から勉強していかないといけないという思いですよね。僕は関西地区を任されて、当時の注目選手は高校生なら大阪桐蔭の中田翔(日本ハム)でした。最初に見た時からめちゃめちゃポテンシャルを感じました。清原和博の方が柔らかいんだけど、同じような打撃の印象で、力がすごい。高校生離れしてる。オリックスに来たら大阪だし、スター候補になれる存在でした。大学生なら近大・小瀬浩之、関学大・宮西尚生(日本ハム)、荻野貴司(ロッテ)あたりを見ていました。

 僕はスカウト1年目だし、ずっとプロ選手を見ていたので高校生を見るとレベル的に大丈夫なのか、通用すんのか、と思っちゃう。どれくらい化けるのかは未知数なので、数を見るしかない。それに学校関係者とか、あいさつ回りの意味もありましたよ。ネットワークづくりからしないといけないので、大学出ときゃよかったな、と思いました。

 縦のつながり、横のつながり。他球団のスカウトから練習試合の予定の情報をもらったり、まず慣れることでした。パソコンのフォーマットに毎日報告書を打ち込んで会社に送る。効率よく予定を組むのも大変なんで、先輩スカウトや他球団の人にいろいろ聞いたりしてね。中田は他の球団も熱心だったし、ウチもリストから外すわけにはいかない。結局、ドラフトではクジで外してしまって…。情報をもとにこのチームは誰、このチームは誰、とシミュレーションを当日朝まで重ねるんだけど、クジを当てる外すは予想できないからね。

 そんななか、僕が高く評価している小瀬くんを3巡目で獲ることができた。大学・社会人では野手として一番追いかけていた選手だったし、外野手としてイチローみたいなタイプで足が速くて内野安打も多い。活躍すれば人気が出ると思ったし、獲れた時はヨッシャ、初仕事だって。すぐに僕が学校に連絡を入れて翌日、近大に指名あいさつに行きました。そこで初めて彼と話したんですね。プレーは躍動感あるけど、会った時はおとなしい印象でした。

 メンタル的に弱さがあったのか、イップスがあったんです。でもプロに入って試合をやっていければ治るし、一軍で結果を出し始めたから大丈夫。絶対にスターになれる、と思っていたら…。

 ☆ふじい・やすお 1962年7月7日、広島県福山市出身。泉州高(現近大泉州)から社会人・プリンスホテルを経て、86年のドラフト4位で阪急に入団。長距離砲としてブルーサンダー打線の一角を担った。オリックスでも95、96年の連覇に貢献。勝負強い打撃が持ち味で、通算満塁本塁打(14本)は歴代3位。代打満塁本塁打(4本)は日本記録。2002年に引退後はオリックス二軍打撃コーチ、11年からソフトバンクで一軍打撃コーチを務め、18年にオリックスに一軍打撃コーチとして復帰。今年から総合建設業「共栄組」に籍を置き、JSPORTSの解説、神戸中央リトルシニア、関西創価で指導している。
    

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