鷹の韋駄天・周東の心に響いた父の激「ぬるい気持ちでやるくらいならやめてしまえ!」

2020年11月26日 05時15分

小学5年のころの周東(家族提供)

 ソフトバンクが25日の日本シリーズ第4戦(ペイペイ)を4―1で巨人に勝利し4年連続日本一に輝いた。偉業を成し遂げたチームの1番打者に定着したのは韋駄天・周東佑京内野手(24)。鷹のスピードスターの父・孝宜さん(55)、母・園美さん(57)は幼少期のエピソードを交えて〝飛躍の軌跡〟を明かしてくれた。

 姉と2人の妹に挟まれた少年は、よく女の子に間違われたという。「体が小さく、ひ弱でした」と、園美さんは回想する。「私、巨人が好きで…。野球をやってほしかったんです」

 最初に熱中したのはサッカー。のめり込む息子に「内心、そっちではないんだよ…と思いながら〝方向修正〟の機会をうかがっていました」。したたかな母は毎晩、食卓でメッセージを送り続けた。「私の戦略で、巨人戦の中継を意図的に流し続けました」。

 小学2年のある日、周東は自ら受話器を握り、地元の少年野球チームへの入部を志願した。「ウチの奥さんほどではないですが、息子に甲子園に出てほしいという私の夢はありました」。孝宜さんもまた〝レール〟を用意していた。ヒジを壊して中学で野球を諦めたが、根っからの野球人だった。「野球にも必ず生きる」と肉体強化、故障予防の観点で4歳から水泳を習わせた。技術的な指導よりも「好きで始めた野球を真剣にやる意義を節目で伝えました」

 息子の心に響いた父の檄がある。「妹たちの犠牲の上に成り立っているんだぞ。ぬるい気持ちでやるくらいならやめてしまえ!」。チームの父母会としての役回りもあるため、両親は毎週末の試合に同行。必然的に妹たちの週末の〝お出かけ〟はグラウンドだった。三女の美来さん(19)は「昔から遠征に行くと、必ずお土産を買ってきてくれました。今も会うと『何か欲しいものはないの』と聞いてくるんです」。周東本人も家族も、お互いの思いは今も通じ合っている。

 園美さんは「佑京が野球を嫌いになったことはないと思います」と言う。「僕は人の縁に恵まれてきたから」。中・高・大学と進んだ先で恩師や先輩のおかげで野球に打ち込めたことを感謝している。極寒の網走に拠点を置く東農大北海道オホーツクで鍛錬を重ね、2017年のドラフトでホークスから育成指名を受けて入団。進路はすべて自らの意思で決めてきた。

 大卒の育成入団に園美さんは「大成しなければ、その先どうなるんだろう…という不安はありました。ですが、(ファームの拠点である)筑後の練習施設を見せていただいた時に、育成スタートであっても『あとは本人の頑張り次第』『この恵まれた環境で勝負してほしい』と思えるようになりました」と明かす。網走から常勝の門を叩いた青年はわずか3年で「世界の周東」へと飛躍を遂げた。

 ひ弱で「寒くて動けないよ…」と練習を早退していた少年は、最高峰の日本シリーズで巨人を相手に全試合先頭打者として堂々と打席に立った。元G党の母にとっては、感慨深いシリーズだった。「良くも悪くもいろいろな経験ができた年だったと思います。(エラーをして)眠れず悩んだ時もあって心配しましたが、翌日に素晴らしいプレーを見て安心しました。家族みんなで応援しているよ。日本一おめでとう」。