【藤井康雄連載コラム】「教え方がまずかった」コーチを外されてから気付いた

2020年11月26日 11時00分

オリックスのコーチ時代にT-岡田(右)に打撃指導する藤井氏

【藤井康雄「勇者の魂」(25)】オリックスで現役を16年間続け、僕は2003年から二軍「サーパス神戸」の打撃コーチになりました。ユニホームを着続けることができるし、選手の時から若い選手にアドバイスをする機会もあった。自分がやってきたことを教えていけたらいい選手になるのかな、と思っていました。でも…そこが大きな間違いだった(笑い)。

 コーチをやって頭打ちになったのは…全然、選手が育たない。自分でこれまでやってきたことや「こうやったら打てるぞ」というのを教えるでしょ。その考えが通用しないんです。余計なことを言わないでおこうというのもあるけど、そこは二軍なんで「それじゃ打てんぞ」というのはある。打てなかったら「俺はこうやって打った」というのを型にはめちゃって失敗したんですよ。その選手の素材どうこうという頭はなくて「絶対にこうすれば打てる」と思って指導していました。

 なんでこれができないのか。いろんな他のコーチの話を聞いてもうまくいかない。それは昔ながらの教え方だったんですよね。どの選手に対しても「自分のような打ち方をすればいい」という、押しつけにもなったかもしれない。当然、球団としても二軍の指導はどうなってんだ、というふうになってくるし、責任も感じてくる。結局、誰も育てることができず、コーチの4年間が終わってしまったんです。

 4年目の2006年に高卒ドラフト1位の岡田貴弘(T―岡田)が入ってきたんです。ただ、岡田に関しては球団として「打撃を触らないようにしよう」という方針があり、1年間試合に使ってみてどうなるか、という状態でした。だから気になりつつも何も言いませんでした。

 僕の教え方がまずかった、というのは、コーチを外された後に気づきました。頭打ちになってやめたので「これじゃダメだ。何かを学ばないといけない」と思っていると、ある日、新聞広告でこんなのを見つけたんです。廣戸聡一という人の書いた「キミは松井か、イチローか。」という題名の本。なんか知らないけど、これ面白そうだなっと思って買って読んだんです。

 現役時代にイチローと一緒にやっているとき、僕はイチローの振り子打法をマネしたことがありました。やってみたらできないし、その時は別にできなくても「イチロースタイルか。こんなんでよう打てるな」くらいにしか思わなかった。でもその本を読むと、持って生まれた力の出し方、体の使い方があると…。よくよく考えたら新井宏昌打撃コーチの教え方は僕にはまったくわからなかったし、これで打てるようになるの?くらいに思ったし、逆に阪急時代の水谷実雄コーチなんかは僕には感覚がよかった。合う、合わないのタイプがある。そこから自分で勉強していこうとなったんです。その理論とは…。

 ☆ふじい・やすお 1962年7月7日、広島県福山市出身。泉州高(現近大泉州)から社会人・プリンスホテルを経て、86年のドラフト4位で阪急に入団。長距離砲としてブルーサンダー打線の一角を担った。オリックスでも95、96年の連覇に貢献。勝負強い打撃が持ち味で、通算満塁本塁打(14本)は歴代3位。代打満塁本塁打(4本)は日本記録。2002年に引退後はオリックス二軍打撃コーチ、11年からソフトバンクで一軍打撃コーチを務め、18年にオリックスに一軍打撃コーチとして復帰。今年から総合建設業「共栄組」に籍を置き、JSPORTSの解説、神戸中央リトルシニア、関西創価で指導している。

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