【藤井康雄連載コラム】長嶋巨人を倒し、神戸で念願の日本一を決めた

2020年11月12日 11時00分

長嶋巨人を下して日本一。神戸で悲願を実現させた

【藤井康雄「勇者の魂」(18)】1996年のオリックスは、上田利治監督率いる日本ハムと首位争いを繰り広げていました。9月に入って上田監督の家族に宗教トラブルが起き、上田さんが途中休養。大事な時期だったんでチームに動揺が走ったと思いますね。それも追い風になってウチが首位に立ち、9月22日にマジック2で神戸で直接対決になったんです。今日、勝てば念願の神戸で胴上げできる。勝たなきゃ、という気負いはなく、勝つもんだって思っていましたよ。みんなの精神的な強さが頼もしいくらいでした。でもその試合は延長12回、1―1で引き分けに終わってマジック1。胴上げは翌23日に持ち越されました。

 9回まで1点差で負けていて正直「うっそー、今年も…」というのは少し頭をよぎった(笑い)。それが土壇場の二死からD・Jのホームランで同点になり、ベンチが大騒ぎになりましたよ。試合は延長10回、イチローのサヨナラ打で決まったんですけど、優勝した場面よりD・Jのホームランの方が興奮したよ(笑い)。あのシーンはすごかったねえ。神戸で決めることができ、やっと約束を果たすことができた。通路もお客さんでびっしりだったし、入れなかった人が球場の外の木の上まで登っていましたからね。

 日本シリーズの相手は長嶋巨人。ずっとやりたかったし、前年の経験もあったので変な動揺もない。前年は追い詰められてやっていた感覚だったけど、今回はこちらが受けて立つ、というような。その年の巨人は11・5ゲーム差をひっくり返すメークドラマを演じていたし、巨人とできる喜びも大きかったけど、気持ち的な優位はこちらにあったと思います。

 冷静に戦えたと思うし、敵地の雰囲気にのまれることもなかった。前年の反省が生きていたと思いますよね。松井秀喜、落合博満さんはいても、ウチのリリーフ陣も野村貴仁、鈴木平、平井正史と盤石だったし、気持ちの面ですごく余裕がありました。3勝1敗で迎えた10月24日の第5戦(神戸)では本西厚博のプレーをめぐって試合が中断する場面がありました。5―1でウチがリードしていた4回の巨人の攻撃。一死一、三塁から井上真二のセンターへの飛球を本西がダイレクトキャッチしたんだけど、ヒット判定にされちゃった。

 仰木彬監督が猛抗議し、選手をベンチに引き揚げさせた。本西に対して監督としての礼儀もあるし、チームとして勢いをつけることもあるし、次の投手をブルペンで準備させる時間、パフォーマンスもある。監督はそれくらいのものを見せたと思いますよ。判定に抵抗しての抗議というより、流れ的なものも読んでいた余裕のなせる抗議だったと思いますね。

 チームはその試合に勝利して日本一。全国民の中で俺が一番幸せなんじゃないか、というくらいの喜びでした。それくらいの達成感がありました。


 ☆ふじい・やすお 1962年7月7日、広島県福山市出身。泉州高(現近大泉州)から社会人・プリンスホテルを経て、86年のドラフト4位で阪急に入団。長距離砲としてブルーサンダー打線の一角を担った。オリックスでも95、96年の連覇に貢献。勝負強い打撃が持ち味で、通算満塁本塁打(14本)は歴代3位。代打満塁本塁打(4本)は日本記録。2002年に引退後はオリックス二軍打撃コーチ、11年からソフトバンクで一軍打撃コーチを務め、18年にオリックスに一軍打撃コーチとして復帰。今年から総合建設業「共栄組」に籍を置き、JSPORTSの解説、神戸中央リトルシニア、関西創価で指導している。

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