【藤井康雄連載コラム】ブーマーのハイタッチで門田さんがまさかの脱臼

2020年10月16日 11時00分

優勝争い中にまさかのアクシデントが発生した

【藤井康雄「勇者の魂」(4)】1989年はブルーサンダー打線が大爆発。門田博光さん、松永浩美さん、石嶺和彦さん、ブーマー・ウェルズ、福良淳一さん、僕も6番で先輩たちの勢いに乗っていけました。下位打線も小川博文、中嶋聡(オリックス監督代行)、本西厚博が控えててしぶとい。本西も簡単にアウトにならないタイプだし、相手は気が抜けなかったと思うよ。それに僕も含めてだけど、クリーンアップがすごすぎて下位打線に回ってきた時って相手投手の神経がすり減っているんですよ。だからやる前から打者の方が気持ちが有利だったと思います。

 ベンチの声出し役は南牟礼豊蔵さん、福原峰夫さん。主力が声を出さなくてもベンチを盛り上げてくれていましたね。柴原実さんといういじられキャラもいて、南牟礼さん、山森雅文さんあたりからおもちゃにされていたし、それがチームのいい雰囲気をつくっていたと思います。

 8月まで首位独走状態で飛ばし、それが徐々に失速してきました。そして、9月25日のダイエー戦で信じられないような“事故”が起きたんです。4点を追う3回、門田さんが左翼に31号ソロを放って本塁に戻ってきた。続く打者のブーマーが右手を出してハイタッチしたら、門田さんの右手がガクッとなったんです。まさかの脱臼ですよ。最初は何が起きたのかわかりませんでした。

 僕もベンチでタッチをしようと思っていたら、一瞬でみんなが青ざめました。門田さんが腕に力が入っていない状態でホームインしたところにブーマーの手がパチーンと強く来たわけです。ブーマーは腕の力が強いし、なおかつ引っかかってしまった。門田さんが左手で右肩を押さえてへたり込んだんで「うっそ~」って思いましたよ。ブーマーもあぜんとしていました。ある意味、交通事故のような…。

 僕もブーマーのハイタッチの強さは知っていたし、本塁打して帰ってくるときはみんな相手を見てタッチするんですけど…。普段の門田さんは打っても打たなくても淡々としていたし、誰かがサヨナラ本塁打しても盛り上がるようなことはない。だから近寄りがたいんです。そんななかで一番陽気なブーマーが近寄って事故が起き、門田さんは欠場。チームとしては痛かったですよ。

 その年は西武と近鉄の三つどもえの戦いになりました。最後は近鉄が優勝し、ウチは惜しくもゲーム差なしの1厘差で2位に終わりました。あと一歩届かなかった。門田さんの事故が優勝を逃す原因の一つになったかもしれませんね。打線はブーマーが40発で2冠王、門田さんが33発、石嶺さんが20発、僕も30発と破壊力を発揮し、リーグトップの170本塁打を叩き出した。でもついてないというか、隙があったということ。優勝できない何かがあったんですねえ。

 ブルーサンダー打線は松永さん、石嶺さん、ブーマーもクセが強くてねえ…。

 ☆ふじい・やすお 1962年7月7日、広島県福山市出身。泉州高(現近大泉州)から社会人・プリンスホテルを経て、86年のドラフト4位で阪急に入団。長距離砲としてブルーサンダー打線の一角を担った。オリックスでも95、96年の連覇に貢献。勝負強い打撃が持ち味で、通算満塁本塁打(14本)は歴代3位。代打満塁本塁打(4本)は日本記録。2002年に引退後はオリックス二軍打撃コーチ、11年からソフトバンクで一軍打撃コーチを務め、18年にオリックスに一軍打撃コーチとして復帰。今年から総合建設業「共栄組」に籍を置き、JSPORTSの解説、神戸中央リトルシニア、関西創価で指導している。
    

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