【藤井康雄連載コラム】「やられたらやり返す」は当たり前!! 上田監督勝利への執念

2020年10月15日 11時01分

長距離砲としてブルーサンダー打線の一角を担った

【藤井康雄「勇者の魂」(3)】1989年のオリックスはブルーサンダー打線が打ちまくって開幕から8連勝。左右ジグザグの打線が組めたし、相手投手からしたら1番からずっと気を使う打者ばかりが並んでいたでしょう。自分のチームながら感動していましたよ(笑い)。僕は3年目でレギュラーになって6番。前年まで3番だった松永浩美さんが1番にいて、2番・福良淳一さん、3番・ブーマー・ウェルズ、4番・門田博光さん、5番・石嶺和彦さん…。前の人たちがすごすぎて、自分の打席を忘れるくらい(笑い)。

 福良さんもバントや右打ちがうまいし、進塁打やチーム打撃ができる。3~5番でたいがい点が入って、そこで走者が残っていたら僕がかえす。ベンチで見てて「すげー打線だわ」と見とれて、ネクストサークルに入るのが遅れるくらいでした。本当に頼りになったし、だから僕も30本塁打と結果が出せたと思っていますよ。当時は投手力が弱かったけど、4~5点差があっても終盤で逆転しようか、という雰囲気が常にありましたね。

 後年の近鉄の「いてまえ打線」もそうだったと思うけど、その時のブルーサンダーはまさにイケイケだったし、劣勢でも劣勢なムードじゃないんですよ。酒井勉(オリックス育成統括コーチ)が新人王取るんだけど、ほんと打線のおかげだよね(笑い)。

 正直、チームワークどうこうはまったくない(笑い)。ただ、それぞれが打つから打線になる。監督を胴上げしたい、という野球観ではなくて、自分が結果を出すことでチームワークにつながる。個々の成績がチームの戦力になっていく。プロ野球ってそういうもんなのかなって思いますよね。3、4、5番が強力だったので6番の僕のときには相手投手の神経がすり減っている。打席に入った時からこっちが有利なんですよ(笑い)。気持ちの中で余裕があった。

 自分のタイミングで常にフルスイングをする、そういう意味では門田さんの打撃を注意して見ていました。僕も自分のスイングができればボールが飛ぶとは思っていたのでね。門田さんは「門田シフト」関係なく、逆方向にも本塁打を打ちに行くんですよ。当てに行って三塁方向じゃなくて、本塁打を狙って打ちに行く。どんなシフトであってもスタンドインすれば問題ないだろう、というね。

 上田利治監督の勝利への執念もすごくて、特に投手に対しては厳しかった。死球でも「やられたらやり返す」は当たり前。ベンチから「当てろー」という声も出てたし、食うか食われるかの真剣勝負。上田さんがそんなベンチの雰囲気をつくり出していましたね。その年は終盤に近鉄、西武との三つどもえの戦いになりました。

 それが、9月25日のダイエー戦で門田さんにまさかの“事故”が起きた。本塁打して戻ってきた門田さんをブーマーが出迎えた時…。

 ☆ふじい・やすお 1962年7月7日、広島県福山市出身。泉州高(現近大泉州)から社会人・プリンスホテルを経て、86年のドラフト4位で阪急に入団。長距離砲としてブルーサンダー打線の一角を担った。オリックスでも95、96年の連覇に貢献。勝負強い打撃が持ち味で、通算満塁本塁打(14本)は歴代3位。代打満塁本塁打(4本)は日本記録。2002年に引退後はオリックス二軍打撃コーチ、11年からソフトバンクで一軍打撃コーチを務め、18年にオリックスに一軍打撃コーチとして復帰。今年から総合建設業「共栄組」に籍を置き、JSPORTSの解説、神戸中央リトルシニア、関西創価で指導している。

関連タグ: