ノムさん、宿舎の食べ残し嘆く「今の選手は食べないな。プロ意識がないのかな」

2020年10月11日 10時00分

2009年7月28日、ベンチで選手、コーチを説教する野村監督(右から2人目=岩手県営球場)

【復刻!ノムさんのボヤ記⑰】今年2月11日に亡くなった、野村克也さんに感謝と敬意を込め、楽天監督最終年となった、2009年シーズンのボヤキを一挙公開! 遠征先の宿舎で大量に残る食事に「もったいない」と嘆いたノムさん。いつしか話は自身のテスト生時代へとさかのぼり…。1年間完全密着で抽出した珠玉のボヤキの数々を、当時を懐かしみながらお楽しみください。

 ◆7月28日 西武戦(盛岡) 試合前

(日本の球宴を振り返って)

 しかし、安っぽくなったな。昔は力と力の真っ向勝負が実現したものだけどな。組織票なんか、いつから始まったんだ? 今後はコミッショナーなり、NPBが枠を決めて、ある程度出場できる選手を決めた方がいいんじゃないか。

(引退に関しての考え方について)

(元ヤクルトで、当時ジャイアンツ傘下の3Aフレズノに所属していた)高津(臣吾)がオレの意見を参考にしてるって? まあ、職(雇ってくれる球団)があるうちは辞めない方がいい。オレもできれば50までやりたかった(実際は45歳で引退)。視力の衰えとか、よく言われるけど、年を取ると逆に遠くは見えるようになる。近いもの、新聞の字とかは見えにくくなるけどね。だから野球をやるうえでそう不都合はない。

 ◆7月29日 西武戦(秋田) 試合は荒天で中止

(前日は盛岡でナイター後に秋田へバス移動)

 いつも思うけど、宿舎の食事がもったいないよな。昨日だって食堂に現れたの、オレと(山崎)武司だけだぞ。あまりにもったいなから「オレが責任持つから、ホテルの人たちで食べていい」と言ったんだ。後で感謝されたよ。「ありがとうございました」ってな。

 ホント、今の選手は(量を)食べないな。楽天の若手も食べない。プロ意識がないのかな。食べる、寝るのも仕事のうち。オレがテスト生で入ったときはドンブリ飯3杯は食べてたぞ。当時7000円の給料で3000円が食費で引かれる。卵をつけると、更に1000円かかる。洋服代にかけるお金もないわ。だから(入団当初は)一年中、学生服で過ごしたっけな。

 ◆7月31日 ロッテ戦(マリン)

(試合は田中将大が完封ペースも8回につかまり1―3で逆転負け)

 嫌な予感がしたんだよ。(同点)ホームランはしょうがないにしても、その後はちゃんと締めないとな。今風に言えば「キレちゃった」のか。このところマー君に勝ちがつかないな。

 ◆8月1日 ロッテ戦

(試合は8回に代打・宮出の3ランで同点に追いつくも4―5で敗戦。仙台から来た女性リポーターを見つけ)

 勝利の女神が仙台から来ても功を奏さなかったな。仙台で悪い事したんじゃないの? いつも言ってるんだけど、(選手の)戦う姿勢がなってない。大事なところで打たれても、使った監督が悪いんだから。そう割り切って思い切りプレーしないと。

 昔、(兼任監督時代の)南海で勝負強い代打男がいてな。こいつがいいセリフを残したんだ。「(代打が成功した時)こういう場面で使う監督が偉いんだ。その代わり、打てなかったらこんなところで使う監督が悪い。そういう風に割り切って打席に入ってる」ってな。

 ◆8月2日 ロッテ戦

(試合は延長11回1―2でサヨナラ負け。対戦成績は4勝10敗と大きく負け越し)

「またも負けたか八連隊」ってな。お前らは知らないか。戦争中に大阪に弱い部隊があったんや。しかし、どうしてロッテに勝てないのかね。日本ハムとか、よそはロッテをカモにしているのに…。ロッテからはお中元は届いたのか。お中元くらい持ってきてもええやろ。

〈毎週日曜「東スポWeb」掲載〉