昭和の球宴史に刻まれた男たちの名言

2020年10月04日 10時00分

越智正典氏

【越智正典 ネット裏】ことしのオールスターゲームは中止になった。やむを得ない。ふりかえると、男たちは純情な思いの名言を球宴に残している。

 高田繁
「オールスターゲームは勉強になる日です」

 太田幸司
「オールスターゲームは選んで下さったファンの人々のために一生懸命働く日です」

 白仁天
「新人のときと同じ気持ちになる日です」

 稲葉光雄
「ボーッとしてしまう日です。でも頑張る日です」

 オールスターゲーム7勝0敗の山田久志
「オールスターゲームはファンに感謝する日です。朝から胸がドキドキして幸福な日です」

 大杉勝男
「いままでやって来たすべてを吐き出す日です」

 鈴木啓示
「後半戦の踏み台の日です」

 鈴木啓示のあの大きなグラブがなつかしい。あのグラブなら投手強襲直撃打を叩き落とせる。

 長嶋茂雄
「自分の力をためす日です」

 王貞治
「思い切ってバットを振る日です」

 私は昭和49年7月21日後楽園球場での球宴第1戦で阪急の「ブーちゃん」高井保弘が放ったホームランを見ることが出来たのは幸福だったなあーと、いまでも思っています。セの松岡弘の内角低目のストレートをすくい上げると打球は高々と上がり左中間スタンドに。

 ブーちゃん、よかった、ホントによかった。立派だ! と喜んだのは私だけではなかったと思うのです。セ1対0の9回一死走者一塁、ブーちゃんを監督選出で全パに加えた監督野村克也がブーちゃんを代打に起用して送り出した。1ボールからの第2球、代打逆転サヨナラホームラン。苦節10年のアーチだった。

 40年暮れに結婚した安枝さんが二軍暮らしの歩みを話す。
「夏、あたしがかき氷が食べたいというと“待ってろ、ホームランを打ってくるからな”。打つと賞金1000円が貰えるんです。それで食べさせてくれました。おいしかったです。オカネがなかったからありがたかったです」

 心やさしいブーちゃん、高井保弘は愛媛県今治市波止浜生まれ、今治西高、38年名古屋日産。

「ノンプロに入ったときは給料1万2000円。寮は一部屋に8人。カネのありがたさがわかって、あれがよかったんですわ」

 39年阪急入団。

「6万円くれるというのでワクワクしとったら用具代がかかってバットを1本折ると2500円。月に10本折ったら残らんです。結婚したので文化住宅を借りました。三畳と六畳で8000円ですわ」

「朝7時に家を出て球場に行くんです。8時半に二軍戦のバッティング練習。試合が終わると、そのまま残って一軍の手伝いで家に帰るのは夜の11時ごろでした。昼は女房が作ってくれたおにぎりです」。一軍に引き上げられ打つようになったのは47年からである。

「打席に入ったらピッチャーの得意球を待つんです。かならずくる…と。打席も辛抱ですわ」

 =敬称略=

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