若松勉を震わせた王の名言「868しか打てなくで残念だよ」

2020年09月19日 10時00分

【越智正典 ネット裏】「王! ゆっくり廻れ!」。王貞治がホームランを打って走り出すと、一塁コーチ、国松彰は叫んだ。巨人の関西遠征の宿、ホテル竹園芦屋の元料理長梅田茂雄は「王貞治と書いて律儀と読む」というが、ホントにそうで、どんなことにも一生懸命な王を国松はベース一周の短い時間だけでも休ませたかった。きょうも山のようなサインボールと色紙が待っている。

 国松はいう。

「走ってくる王の目には祈りがあります」

 巨人の名二塁手、「猛牛」、本紙評論家だった千葉茂が肯く。

「日米野球で日本に来たとき、ヤンキースのジョー・ディマジオが言うとった。『バッティングとは祈ることだ』と。深いなあー」

 往時、ファンはシートノックの千葉のダブルプレーに湧いた。

「千葉が一塁川上を見ないでほおっとるぞ」

 千葉は笑った。

「わしのダブルプレーには二つあってな。あれは営業用。実戦用はちゃんと川上を見てほおったよ」

 国松は昭和9年京都生まれ。西京高校、同志社大学の左腕投手。30年巨人入団。すぐに中南米遠征。警察に“出頭”しないとパスポートを貰えない時代である。キューバでは強豪「シュガーキング」に好投。阪急に来た「チコちゃん」ことバルボンはこのチームの補欠である。

 秋、巨人は日本選手権で南海を破った。若手選手が会費を出し合って祝賀会。一曲指名された国松は同志社大学校歌を歌った。巨人の宿ミナミの大野屋に戻ってくると、気を付けをしてまた校歌。流行歌を知らないマジメ人間。

 32年、慶応大、日本石油の藤田元司が入団。で、33年打者転向。二軍暮らし。居残り多摩川で新人、32年センバツ準優勝、高知商業の小松敏宏が投げて打たせた。34年、王が入団。気が合った。広島と帯同遠征の北海道シリーズ3連戦で10打数6安打。6月3日第1戦の札幌円山球場の右翼にタンポポが咲いていた…。

 38年9月4日、川崎球場での大洋戦。7回一死満塁。国松は秋山登に向かって行った。自打球を右足に当てて倒れた。担架が運ばれてくる。国松は叫んだ。「バットをくれ、たのむ。バットをくれ」。脛骨骨折だった。

 荒川博がヤクルトの監督になってから、王は後楽園球場の帰りに毎晩、王命名の「料亭国松」に寄った。国松の家である。ビールとつまみ。たとえば笹かま。その日の打席について語り合う。激論になる。遅くなる。じゃあ、失礼しますと言ってから王は玄関でさっきの話だけど…と、また打撃論。2時間に及ぶのも珍しくない。結論が出ない。王は必ず「あした見てくれ」。帰宅してから庭でバットを振ったのはいう迄もない。

 55年11月4日、王は現役のユニホームを脱いだ。町田行彦(国鉄、巨人)に頼まれた。「若松勉がバッティングを教わりたいと言ってるんだ。会ってやってくれないか」。青山の寿司店。早く行って待ってなきゃーと、若松。定刻に王がやって来た。
「ツトム、イッパイやろうよ。868しか打てなくて残念だよ」。若松は震えた。

=敬称略=

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