【平岡洋二 連載コラム】梶谷隆幸 高校時より退化してしまった肉体の〝再生〟

2020年09月01日 11時00分

「アスリート」で切磋琢磨した同世代の(左から)丸、梶谷、中田

【平岡洋二「アスリートの解体書」(12)】アスリートメンバーで5人目の盗塁王(39個・2014年)となった梶谷隆幸(DeNA)の道程を話したい。

 出会いは私が指導している島根・開星高校に彼が入学してきた時。その能力は甲子園常連校になりつつあった同校野球部でも抜きんでており、入学直後にレギュラー獲得。179センチ、66キロの細身ながら筋力も強く走・攻・守三拍子揃った選手としてチームをけん引。3年生の夏の選手権大会で甲子園出場を果たし、ベイスターズにドラフト3巡目で指名された。昨年度同校から同じくDeNAに入団(5位指名)した田部隼人と比較しても、全ての面で上回っていた。

 3年目の09年に一軍出場22試合。初ホームランも放つなど順調なスタートかと思いきや、翌10年は一軍出場わずか5試合。脚の故障などもあり低迷。直後、私が無理やり呼び寄せた。「今のままではクビになるで」と。年末年始、ウイークリーマンションを借りさせての広島合宿を強いた。 

 彼は入団1年目のオフからチームの先輩選手に誘われて、技術練習や走り込み主体の自主トレをしていたようだ。完成に近いレベルのベテラン選手がオフでなまった肉体を目覚めさせる目的でやるならいざ知らず、肉体の進化も不可欠な若手にはふさわしくないと考えたからだ。

 初日、その肉体をチェックし納得した。危惧していた通りだった。高校時のピーク体重は77キロ(体脂肪を除いた除脂肪体重は70・2キロ)だったのが、体重74キロ(同67・4キロ)。何と進化どころか退化していたのだ。当然筋力も10%以上ダウン。これではさらなるパフォーマンス向上など望むべくもない。結局、アスリートでのトレーニング再開1年目は、高校時のレベルに戻しただけだった。そして向上を期して望んだ2年目、まだまだ発展途上とはいえ、明らかな進化が見られた。

 前年オフの開始時と比して脚筋力は約30%以上アップ(体重当たりのスクワットの数値はアスリート史上トップクラスの2・35倍)し、体重は5キロ以上増加したにもかかわらず垂直跳びは5センチ向上。23歳にしてようやく過去最高の肉体をつくり上げ、より高いレベルのパフォーマンスを体現し得る肉体への準備段階が完了した。さらなる向上を目指した5年目となる14年にレギュラーを獲得。初の規定打席到達で142試合出場、打率は2割6分3厘ながらも、39盗塁で盗塁王を獲得し16本塁打に9三塁打とパワフルで動けるという身体能力の高さを印象付けた。

 近年はけがなどで精彩を欠いていたが、今季はレギュラーを奪回し順調なスタート。トリプルスリー達成可能な希有な素質の32歳。幾度となく一緒にトレーニングした金本知憲の達成時は32歳で、梶谷にも十分チャンスはある。

 ☆ひらおか・ようじ「トレーニングクラブ アスリート」代表。広島県尾道市出身。広島大学教育学部卒業後、広島県警に勤務。県警での体育指導を経験した後、退職しトレーニングの本場である米国で研修を積み、1989年広島市内に「トレーニングクラブ アスリート」を設立。金本知憲氏(前阪神監督)や新井貴浩氏(元広島)、丸佳浩(巨人)ら200人に及ぶプロ野球選手を始めJリーグ・サンフレッチェ広島やVリーグ・JTサンダーズ広島など数多くのトップアスリートを指導する。また社会人野球や大学野球、高校野球、ホッケー日本代表などアマチュア競技のトレーニング指導にも携わり選手育成に尽力。JOC強化スタッフ、フィットネスコーチなどを歴任した。実践的なトレーニング方法の普及のためトレーナーを養成する専門学校での講義なども行っている。ジムのHPは「athlete―gym.com」。

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