【平岡洋二 連載コラム】肉体改造し2年連続盗塁王に輝いた福地

2020年08月28日 11時00分

移籍後に能力が開花した福地

【平岡洋二「アスリートの解体書」(11)】クラブ創設以来30年が過ぎて、150人以上にも及ぶアスリートメンバーのプロ野球選手が獲得したタイトルの中で最も多いのは、意外と思われるかもしれないが盗塁王なのだ。

 通算5人で計10回。野村謙二郎(3回)・緒方孝市(3回)・福地寿樹(2回)・丸佳浩・梶谷隆幸だ。パワフルでかつ動けることを目指して指導している者としては喜ばしい限りだ。前述した通り、長い日本プロ野球史の中でも過去10人しか達成していないパワーとスピードを兼ね備えた野手の最高の栄誉であるトリプルスリー達成者3人を輩出していることはその証明だ。ウエートトレーニングの効果として筋力アップして大きくなり体重が増えた体がより動けるのは以前、車のエンジンや陸上競技の短距離選手の例を挙げて説明した通りだ。

 そんな盗塁王の中で、今回は福地寿樹(現ヤクルト・二軍チーフコーチ)の例を述べてみたい。アスリートの門を叩いてトレーニングを開始したのは広島東洋カープに1993年ドラフト4位で入団した直後。身長184センチ、体重75キロの細身の肉体の改造をスタートさせた。走力が群を抜いていたためか、いつしか代走屋として本人にとってはありがたくない地位を確立。私は環境を変える(他球団への移籍)ことの必要性を何度彼に説いたことだろうか。しかし現実的には現制度では不可能な話だった。

 そんな福地に転機が訪れた。2006年西武ライオンズへの交換トレード。意欲に燃え、喜々として旅立ったのを昨日のことのように思い出す。私も10年以上も毎日のように接することができた環境からの変化に寂しさを感じながらもステップアップを予感させる旅立ちへ笑顔で見送ったものだった。そんな福地にFAの人的補償で、西武からヤクルトへの移籍が決まったのが決定的な転機となった。

 ヤクルト1年目の08年に盗塁王(42盗塁)を獲得し、打率はリーグ6位となる3割2分。そして2年連続の盗塁王に輝き、代走屋時代には考えられない1億円プレーヤーとなり複数年契約の大型契約も勝ち取った。私の立場から強調したいのは、入団時からの継続したトレーニングで体重を10キロ以上増やしながら垂直跳びも13センチアップという肉体改造に成功しての快挙だということ。30歳を過ぎての飛躍は長いプロ野球史の中でもまれな例となった。金本知憲や新井貴浩だけでなくトレーニングの継続が質の高いパフォーマンスの維持向上に貢献した好例と自負している。

 引退後はヤクルトのコーチに就任。毎オフ、ファンなどからカープ復帰の待望論も聞こえるのは実績だけでなく人柄の良さもあるだろう。気心の知れた新井監督が誕生すれば実現するかも。ひそかな楽しみにしておこう。

 ☆ひらおか・ようじ「トレーニングクラブ アスリート」代表。広島県尾道市出身。広島大学教育学部卒業後、広島県警に勤務。県警での体育指導を経験した後、退職しトレーニングの本場である米国で研修を積み、1989年広島市内に「トレーニングクラブ アスリート」を設立。金本知憲氏(前阪神監督)や新井貴浩氏(元広島)、丸佳浩(巨人)ら200人に及ぶプロ野球選手を始めJリーグ・サンフレッチェ広島やVリーグ・JTサンダーズ広島など数多くのトップアスリートを指導する。また社会人野球や大学野球、高校野球、ホッケー日本代表などアマチュア競技のトレーニング指導にも携わり選手育成に尽力。JOC強化スタッフ、フィットネスコーチなどを歴任した。実践的なトレーニング方法の普及のためトレーナーを養成する専門学校での講義なども行っている。ジムのHPは「athlete―gym.com」。

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