【平岡洋二連載コラム】出戻った新井の名言「やらされる練習も身に付く」

2020年08月21日 11時00分

2016年4月26日のヤクルト戦で2000安打を達成

 新井貴浩が広島に出戻って1年目の2015年オフの自主トレは「アスリート」入会以降、初めてと言ってもいいくらいの真剣度だった。それまではただ何となくやっている程度で高い目的意識を感じることはなかった。だから私からすれば「どうしたんや、お前、頭おかしくなったんか」「プロ入りの時からやっとけばのお」となる。これまでをよく知る金本も「今さら遅いわ」と言っていた。

 それでも新井はブレなかった。オフ入り直後の10月15日にスタートし、実にその数40回。自宅のある兵庫県と往復しながら通い詰めた。兵庫の自宅にいるときも近所のジムに通っていたという。前年の「アスリート」でのトレーニング回数が15回だから、その姿勢の変化がお分かりいただけよう。

 残り29本となっていた2000安打達成が現実味を帯びていたこともあっただろうし、現役生活の終盤への自覚もあったのだろう。最年長のベテランとして若いチームを優勝へと導きたいとの思いも折に触れ口にしていた。何より禁断の出戻り選手として注目され、高いモチベーションで臨みながらも活躍できなかった15年シーズンの悔しさで尻に火が付いた。

 新井本人は特に夏場以降の落ち込みを一番の反省点としていた。だから16年は7月の動向に注目していたが、ふたを開けてみれば、両リーグトップの打率4割4分3厘(パ首位は3割8分)に7本塁打などまさしく効果絶大。期待以上の結果となった。それにしても、前年ばかりか近年の成績との明らかな違いの要因は何か? もちろん心身の状態の良さに尽きるのだが、裏付けとなる数字で簡単に説明したい。

 体の状態が最も良かったのは本塁打王を獲得した05年の30歳ごろ。100キロもの巨体で瞬発力の指標となる垂直跳びは73センチと上々だった。しかし阪神への移籍以降、トレーニング不足や加齢で年々状態は悪化。13年の記録はピークのころと比し、その値は何と14センチも低下している。注目度とは裏腹に動けず振れずの肉体に劣化し、引退が現実的な状態での出戻りだったのだ。

 その年は落ち込みにブレーキをかけた程度だったが前述した猛烈なトレーニングで翌16年は明らかに向上。何と全盛期近くまでの数値に戻したことに加え、シーズン中も継続したトレーニングでシーズン中の落ち込みも最小限に留めていたことが安定したパフォーマンスの一因となった。

 毎年、オフのトレーニング状況を基に新シーズンのそれぞれの選手の活躍度を「予言」するのだが、自画自賛ながらこれがよく当たる。古くは野村・金本のトリプルスリーを言い当て丸・鈴木誠の躍進も入団1年目に公言している。そしてこの年の新井。カープ25年ぶりの優勝の立役者としてMVPを獲得。セ・リーグ最年長記録での選出で11年ぶりのベストナインは最長ブランク。300本塁打などを含め「2000安打などは一気に突破し、39歳としてプロ野球史に残るほどの活躍をする」という予言通りだった。

 そんな新井が後輩に残した名言を紹介しよう。「やらされる練習も身に付く!!」。何とも常人の理解を超えた摩訶不思議な不世出の選手だ。

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