【平岡洋二 連載コラム】新井がFA移籍会見で見せた「なりきった涙」

2020年08月20日 11時00分

2007年のFA会見で「つらいです」と涙を流した新井。カープとは永遠の別れと思われたが…

【平岡洋二「アスリートの解体書」(6)】新井貴浩を語る上で欠かせないのが労働組合日本プロ野球選手会会長就任だ。2011年、東日本大震災の影響で巨人など経営側の論理主導でセ・リーグの開幕日が二転三転。経営側と対峙し交渉の矢面に立ったのが選手会の代表者である新井会長だった。私などは「プロ野球史上最大の人選ミス」などと就任当初、やゆしていたものだが、あにはからんや時の人として称賛された。確かに交渉の過程で、その都度マスコミの前で対応する新井を見て大変な状況の中、これ以上はない態度での受け答えであったと思った。また、セ・パ同時開催決定となり涙する姿はさもありなんとも感じた。

 そんな新井の実像はいかに…。広島から阪神へのFA移籍の記者会見の際、涙ながらにカープへの愛着を訴えた姿は印象的だった。翌日「アスリート」を訪れた新井に「いつ泣く演技を練習したんや」などとからかった私に「記者会見場に入った瞬間に涙があふれ出した」と答えた。あのときも「またFAかと思った」とからかう選手もいたりしたが決して演技などではない。私はなりきれる新井がいるんだと思っている。

 被災者の状況を考えながら12球団全選手の思いを一身に背負って交渉の窓口とならなければならないつらい立場の選手会長。そんなつらい立場だから、当然プレーは二の次になり集中できないし、食べ物も喉を通らない。それはひと回り小さくなった体が証明していた。

 別の一面も紹介しよう。「アスリート」のトレーニングは私が言うのもなんだが、キツイ。時には、うなり声をあげながらの反復となる。しかも限界を迎えてもやめさせない。必要最小限のアシストを与えることで、さらなる反復を強いる。これがキツイ。実は自力限界からの反復こそが効果を導く。特にメイントレーニングに位置付けているスクワット系のトレーニングが大変だ。脚は筋肉量が多いから、それだけ多くの酸素を必要とする。体は心拍数を増やして対応することになる。時には吐き気をもよおすほどの息も絶え絶えの状態に加えて、200キロもの負荷を担ぐことで恐怖感さえ味わうことになる。

 そんな難行苦行を和ませ楽しい雰囲気に変えるのが、新人時代とは大きく変貌した「新井貴浩」の存在だ。その本人がその最もきついスクワット系のトレーニングを率先して行い、顔をゆがめて腹の底からの大声を張り上げる。そしてインターバル中に分け隔てなく若手に声を掛けて、さらなる反復を強いる補助役を買って出る。多くを巻き込んで爆笑シーンさえ演出するのだ。

 技術的なアドバイスをしたり、夜の食事に誘うことさえある。広島に出戻って以降、どれだけ和ませてくれたことか。タイプは違うが、かつての兄貴金本知憲の役回りを弟分の新井が引き継いだと言える。

 ☆ひらおか・ようじ「トレーニングクラブ アスリート」代表。広島県尾道市出身。広島大学教育学部卒業後、広島県警に勤務。県警での体育指導を経験した後、退職しトレーニングの本場である米国で研修を積み、1989年広島市内に「トレーニングクラブ アスリート」を設立。金本知憲氏(前阪神監督)や新井貴浩氏(元広島)、丸佳浩(巨人)ら200人に及ぶプロ野球選手を始めJリーグ・サンフレッチェ広島やVリーグ・JTサンダーズ広島など数多くのトップアスリートを指導する。また社会人野球や大学野球、高校野球、ホッケー日本代表などアマチュア競技のトレーニング指導にも携わり選手育成に尽力。JOC強化スタッフ、フィットネスコーチなどを歴任した。実践的なトレーニング方法の普及のためトレーナーを養成する専門学校での講義なども行っている。ジムのHPは「athlete―gym.com」。

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