通算200号達成!ナカジが憧れた西武黄金期の強打者

2020年08月18日 05時15分

通算200号を達成した巨人・中島

【楊枝秀基のワッショイ!スポーツ見聞録】あの日の「ナカジ」にこんな日が来るとは――。失礼ながら当時は想像できなかった。

 14日の中日戦(東京ドーム)で巨人・中島宏之内野手(38)が今季5号となる3ランで、プロ通算200号本塁打を達成。プロ入り当時、担当記者として本人を知る身として、うれしくてたまらなかった。

 中島は2000年ドラフト5位で野球では無名の兵庫・伊丹北高から西武に入団。高校時代は投手だったが、将来のメジャー挑戦を見据える松井稼頭央(現西武二軍監督)の後釜を期待され、遊撃手として徹底的に鍛えられた。

 1年目の01年はイースタンで30試合に出場し打率1割5厘にとどまるも、2年目はイースタン全試合となる100試合に出場。一軍初安打も記録した。

 この当時、二軍打撃コーチで西武黄金期の正遊撃手だった田辺徳雄(現三軍統括コーチ)は、付きっきりで中島を指導。「ポテンシャルは素晴らしい。稼頭央がチームを抜けるころにはレギュラーになれると思うよ。そのために毎日、鍛えまくってるんだから」と未来を予言していた。

 一方でこのころの中島はマイペースだった。二軍首脳の高評価や周囲の期待を伝えると「ホンマっすか」と笑顔。自らの将来像を問うと「垣内さんヤバいっすわ。僕、垣内さんのバッティング目指してるんです。めっちゃカッコいいですよね」との答えが返ってきた。

 垣内哲也(現楽天二軍打撃コーチ)といえば96年に西武で28本塁打を記録するなど、通算110本塁打の強打者。高校出身2年目の中島からすれば異次元だったはずだが…。そこは目指すところが違うくないかと、ツッコミを入れるしかなかった。あくまで目標は松井稼頭央さんでしょと。

 その後のナカジは瞬く間にスターダムにのし上がった。04年からレギュラーをつかむと、13年の米球界挑戦を経て15年にNPB復帰。オリックス、巨人とキャリアを重ねてきた。

 10代のころと現在では、随分と見た目の印象も変わった。それでも変わらず「おっ、久し振りっす」と球場では声を掛けてくれる。もう38歳。ここまできたらナカジには、垣内哲也でもない、松井稼頭央でもない、中島宏之の球歴を存分に積み重ねてほしいと切に思う。

☆ようじ・ひでき=1973年8月6日生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」で巨人、阪神などプロ野球担当記者として活躍。2013年10月独立。プロ野球だけではなくスポーツ全般、格闘技、芸能とジャンルにとらわれぬフィールドに人脈を持つ。