【平岡洋二 連載コラム】金本ほど周りに影響を与えた人間はいない

2020年08月14日 11時00分

弟子入りしてきた選手に熱血指導する金本(左)

【平岡洋二「アスリートの解体書」(3)】「早よ来いよ」「今日は夜8時までじゃろ? 急いで行くけど先にホテルの部屋でちょっとバット振らせて」。阪神不動の4番打者となったある時のデーゲームの対広島戦終了後の私と金本知憲の会話だ。試合後であろうと納得するまでスイングチェック。遠征中でさえ試合の前後を問わずウエートトレーニングで身体各部位へ定期的に刺激を入れる。プロ野球入団当初から変わらぬスタイルだ。

 こうした不断の努力こそが4位指名で大した期待もされずに入りながらも二軍から一軍、そしてレギュラー選手へと駆け上がり、40歳を過ぎても人気球団で4番を張り続けることができた要因だ。私は職業として200人近いプロ野球選手のトレーニング指導に関わり近くで選手を見続けてきたが、こうした姿勢を一貫して持ち続けた選手は唯一無二の存在だ。

 結局、金本が「アスリート」を後にするのがジムの営業時間を過ぎた午後9時前。4時間前まで熱戦を繰り広げた両チームの中で一番遅くまで練習した選手であったに違いない。そんな金本だからこそオフ期間の自主トレでは新井貴浩(元広島)、石原慶幸(広島)、ダルビッシュ有(現カブス)、狩野恵輔(元阪神)、新井良太(元阪神)、上本博紀(阪神)など多くの選手が毎年のように「弟子入り」することとなった。

 その実態、内容はいかなるものだったか。ウエートトレーニングについては私がメニューを作成し指導する。当然、重量は同じとはいかないが、内容はこれまで金本がプロ入り以来、実行してきたものと同一のもの。ただ、目の前で金本自身がバーベルやマシンと格闘する姿を見ながらであるため当然、手を抜けない。時には本人から厳しく激励、叱咤されるのだからなおさらだ。想像以上にきつく、つい手を抜きたくもなる。しかし、私が「金本さんに言うで!」などとちゃかすと反射的にピリッとするから実に面白い。私にとっても彼は非常に頼もしい存在だった。

 ときには打撃指導を受けることもある。トレーニングルームにバットを持ち込み合間に教えを乞うたり、バッティングルームで実際にボールを打ちながらチェックを受ける場合もある。熱が入ると1時間以上に及ぶ日も…。自分を慕う後輩たちに対して真剣に対応する姿は金本の人柄を表している。しかし、何といっても弟子入りの真の効用は金本の野球に取り組む姿勢を直に学べることにある。

 弟子たちは広島在住かウイークリーマンションやホテルなど長期・短期の泊まりがけで通ってくる。そのため金本と食事をともにすることもある。そうなるとさらに掘り下げた話を聞くことができ、またとない貴重な体験となる。金本は気さくで気配りもできる人間だが、若手にとっては「超」がつくほどの特別な存在。これまで数多くのプロスポーツ選手に関わってきたが、これほど周りに影響を与えた人間は他競技を含めても皆無だ。偉大な実績もあってのことだが、直接のプレーだけでなくその貢献度は計り知れなかった。しかし、それだけの男でも区切りの日が来るのである。

 ☆ひらおか・ようじ「トレーニングクラブ アスリート」代表。広島県尾道市出身。広島大学教育学部卒業後、広島県警に勤務。県警での体育指導を経験した後、退職しトレーニングの本場である米国で研修を積み、1989年広島市内に「トレーニングクラブ アスリート」を設立。金本知憲氏(前阪神監督)や新井貴浩氏(元広島)、丸佳浩(巨人)ら200人に及ぶプロ野球選手を始めJリーグ・サンフレッチェ広島やVリーグ・JTサンダーズ広島など数多くのトップアスリートを指導する。また社会人野球や大学野球、高校野球、ホッケー日本代表などアマチュア競技のトレーニング指導にも携わり選手育成に尽力。JOC強化スタッフ、フィットネスコーチなどを歴任した。実践的なトレーニング方法の普及のためトレーナーを養成する専門学校での講義なども行っている。ジムのHPは「athlete―gym.com」。

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