勝負を捨てた「投手・増田大」 原監督は巨人軍の伝統も捨てた

2020年08月06日 23時10分

「投手・増田大」を審判に告げた原監督の胸中は…

 原監督はどんな胸中で「投手・増田大」を審判に告げたのだろうか。自身が育った「巨人軍」の長い伝統を捨て去る、重大な決断。おそらくは断腸の思いであったのだろうと想像する。

 記者が巨人担当時代、選手たちはみな「巨人軍の伝統」に誇りを持っていた。とくに原監督と同世代の人たちにこそ、その傾向が強かった。「ゲームセットの瞬間まで、絶対に試合をあきらめてはいけない」というのもその一つだった。

 たとえば一、二塁間のど真ん中、絶対に飛びついても捕れないライナー性の打球にもかかわらず、一塁を守っていた駒田徳広氏がそのまま打球を見送ると、国松彰コーチから「イレギュラーしてグラブに入るかもしれないから飛びつけ!」と、どやしつけられたという。

 また、同点で迎えた9回、二死満塁のピンチで打球が外野の頭を越され、完全にサヨナラ負けのケースでも「ランナーが全員骨折して動けなくなる可能性だってあるだろ! だから全力で打球を追え!」と、当時の巨人ナインは教えられた。

 象徴的だったのが2006年6月10日の交流戦、ロッテ―巨人戦だ。この試合で巨人はサヨナラ負けを喫するのだが、9回無死一塁で、ワトソンの放った打球は右翼を守る亀井の頭上を越え、一塁走者が長駆ホームインしてサヨナラ。ここで亀井は観念して打球を追うのをあきらめてしまったように見えたため、試合後に西岡良洋外野守備走塁コーチが亀井を叱責した。理由はもちろん「ゲームセットの瞬間まで絶対にあきらめてはいけない」からだ。

 だから巨人では「捨てゲーム」という感覚はありえなかったし「球場に観戦に来るお客さんは、それが一生に一度かもしれない。そんなお客さんのためにも最後まで全力でプレーしなくちゃいけない」という思想は、長嶋監督から松井秀喜までしっかり受け継がれていた。ある意味「投手・増田大」には、お客さんは喜んだかもしれないが…。勝負を捨て、伝統を捨てた今回の采配には寂しい思いがした。

 今季はコロナ禍で過密日程となる異常なシーズン。投手陣の負担はなるべく減らしたいのもわかる。とはいえ…。誰よりも巨人軍の伝統を愛してきた原監督だけに、その決断は周囲が考えるよりもはるかに重い。(溝口拓也)