巨人・松井、坂本も通った道…中日・石川昂はプロの壁をどう突き破る?

2020年07月21日 16時00分

デビューから17打数1安打と苦しむ石川昂

【赤ペン! 赤坂英一】先週、中日のドラフト1位新人・石川昂弥内野手(19)が一軍昇格したと聞き、早速ナゴヤドームへ取材に行ってきた。12日の広島戦に「7番・三塁」で初スタメン初出場し、初打席初安打が二塁打で初長打。これが今年の高卒新人でヒット一番乗りである。彼が中学生で、知多ボーイズ時代から見ている私も、記者席からひそかに拍手を送った。

 父・尋貴さん(48)によると「1年目はずっと二軍で育てられるものと思っていた」そうだ。石川昂本人もそのつもりでいたら、高橋の故障によって突然の一軍昇格。前夜に石川昂から電話をもらった時、尋貴さんは東邦の恩師・森田泰弘総監督には連絡をしたかと確かめた。尋貴さんも東邦OBで、1989年センバツ優勝時の部員。自分も当時コーチだった森田総監督に指導された元球児だったのである。

 そうした家族、恩師、関係者の期待を背負って石川昂が臨んだ初打席。しっかり初安打して結果を出したのだから、このスーパールーキーはやっぱり“持っている”と、誰もが思ったはずだ。

 ところが、その初打席以降は、石川昂のバットから快音が途絶えた。3試合連続でスタメン出場しながら、変化球に翻弄されて9打数1安打6三振の打率1割1分1厘。15日のDeNA戦、6回二死一、二塁で回ってきた第3打席では、代打・阿部を送られた。その直後、石川昂に代わって三塁を守った石垣が好守でピンチをしのいだこともあり、翌16日にはあえなくスタメン落ちだ。

 二軍で150キロ台の真っすぐを物ともせずはじき返した石川昂が、一軍ではスライダーやチェンジアップを交ぜられると140キロ台の直球に空振りしてしまう。「あの投球技術が一軍なんですね」と、尋貴さんもレベルの高さに感嘆していた。

 これも新人なら一度はぶつかる壁だろう。石川昂はボーイズ時代から「巨人・坂本級の逸材」と、地元の球界関係者の間で評判を取っていた。その坂本も、2年目の2008年に一軍定着したきっかけは、先輩の遊撃手・二岡(現巨人三軍総合コーチ)のケガだった。

 当時の坂本は打率2割台半ば。チャンスで代打を出されたこともある。4番になった松井秀喜ですら、1年目の93年には長嶋監督に代打を送られたのだ。そうした球界の先輩たちがぶつかった最初の壁を石川昂がどう突き破るか。楽しみに見守りたいと思う。 


☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」「プロ野球第二の人生」(講談社)などノンフィクション作品電子書籍版が好評発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。日本文藝家協会会員。