【高橋雅裕 連載コラム】考える野球を教えてもらった 古葉さんにはすごく」感謝

2020年07月09日 11時00分

名将・古葉監督に「考える野球」を教わった

【高橋雅裕「道なき道の歩き方」(3)】古葉竹識さんは1987年から3年間、ホエールズの監督をやられ、僕は野球の基礎を教わったと思っています。耐えて勝つ。僕なりの理解では点を取られない野球です。点を取るためにどうするかを考え、投手も含めて守って0点に抑える。極端に言えば、10点取られたら11点取らなきゃ勝てないけど、0点に抑えれば1点で勝てる。

 守備って大事なんですよ。僕も打撃よりは守備走塁に自信があったし、そういう立ち位置でしたから。古葉さんとやってできるだけミスをしないことの重要性を学びました。打撃は打っても3割だけど、守備は10割を目指せるんです。キャッチボールも大事だし、こっちの投手と相手打者の相性、カウントから打球方向を読んでポジショニングを考える。この打者はこういう傾向があるからこっちに飛ぶな、とか。

 それが88年から89年にかけての遊撃手390連続守備機会無失策の記録につながったと思っています。気がつけば、でしたよ。ノーエラーが続いているとも思っていなかったし、途切れたのは89年の中日との開幕戦。内野安打と思ったらエラーになってベンチに戻って高木豊さんに「エラーがついちゃったな」と言われて初めて途切れたんだ、と気づいたんです。でもそのときは「今のがエラーなのか」という疑問の方が強かったですね。

 その年は最終的に18失策もしてしまいました。それは記録が途切れたからとかメンタル的なものではなく、トレーニングコーチに体重を増やせと言われ、思うように動けなくなっていたからです。捕れるボールが捕れなくなった。もっと打つためにパワーをつけろということです。守備はできるという自信がついたから次はできないことをもっとやろう、ということで…。練習もしているし、動きが悪くなると思っていなかったし、浅はかでしたね。

 ウエートを増やして動きが悪くなった。なんかしんどくて飛距離も伸びない(笑い)。打撃は体重じゃないし、余計なことをしたら結局時間がかかって遅れるんです。欲が裏目に出ちゃったんですねえ。体重が増えたから守れなかったなんて言えないですもん。後で思えば…何でもかんでもコーチの言うこと聞いちゃいけないな、と思った。失敗するまではわからない。弱いチームにいたからわかること、失敗してわかることは人一倍、経験させてもらいました。ごり押しのあれやれ、これやれはよくないですよ。当時はさすがにわからなかった。自分で考えてやらないといけないということです。

 古葉さんの3年間も5位、4位、6位。成績を上げられなかった僕らに責任があると思っていました。でも考える野球を教えてもらった古葉さんにはすごく感謝しています。そして、90年からは巨人でコーチをやられていた須藤豊さんが監督として来られた。この人が僕とは合わなくてねえ…。

 

 ☆たかはし・まさひろ 1964年7月10日、愛知県豊明市出身。名古屋電気(愛工大名電)で1981年夏の甲子園大会に出場。82年のドラフト会議で横浜大洋に4位指名され、入団。内野手として88年に全試合に出場。88年から89年にかけて遊撃手の連続無失策(390連続守備機会)を記録した。96年オフにロッテに移籍し、99年に引退。2000年からロッテ、楽天、横浜で守備、走塁コーチを歴任した。11年には韓国・起亜、16年から4年間はBCリーグ・群馬でも指導した。現在は解説者や少年野球の指導にも当たっている。