【取材のウラ側 現場ノート】今でも自戒とともに思い出すのは、黒田博樹氏(45=現野球評論家)が2016年の日本シリーズ開幕直前に引退を表明したときのことだ。現在も“レジェンド”としてファンからの人気は高いが、当時の黒田氏の注目度も尋常ではなく、周囲は「今後は何をするのか?」「ユニホームを着るのか?」など引退後のことが話題となっていた。

 そんな中、当時担当外ながら応援で広島取材に来ていた私に耳を疑うような噂が飛び込んできた。「引退したら、黒田さんはたこ焼き屋を始めるらしい…」。にわかには信じ難い話だったが、聞くところによると黒田氏は大阪出身とあって、たこ焼きへの愛情は人一倍。自ら作ることもあり、焼き具合や食べ方にとてつもないこだわりがある。そのため自分好みのたこ焼きを広めるために店をオープンする、ということだった。

 現役を退いた元選手が飲食店を経営するケースは多い。しかし、メジャーリーグと日本で通算203勝を挙げた超大物がたこ焼き屋に転身となれば前代未聞だろう。「何とか記事にしたい」とシリーズ前の練習日だったある日、私は調整を終えて帰る間際の黒田氏に意を決して「たこ焼き屋を始めると聞いたのですが…」と直撃。予期せぬ質問に一瞬、戸惑ったがすぐに「えっ! たこ焼き!? いや、ないですよ!」と苦笑い交じりで否定されてしまった。

 こうして私が描いていた青写真は幻となった。後々、たこ焼き好きが事実だとは判明したが、満身創痍になりながら最後の戦いに向けて必死に調整しているレジェンド右腕に対して本当に失礼だったと反省している。

 黒田氏の勝利への執念は大瀬良大地投手(28)ら投手陣が継承。5年ぶりに広島担当に復帰して、改めてその影響力に驚くばかりだが、同時に黒田氏こだわりのたこ焼きがどんな味なのかは今でも気になっている。 

(千葉教生)