敗戦ガッツポーズ報道 仕掛人は落合監督だった

2020年05月26日 11時00分

白井オーナー(右手前)と握手した落合監督(左)だが、坂井球団社長(中)との握手は“拒否”した(2011年10月18日)

【球界平成裏面史(32) 中日・落合監督解任騒動の巻(4)】平成23年(2011年)10月18日、中日が球団史上初のリーグ連覇を達成した。一時は首位に10ゲーム差をつけられながらの逆転V。落合博満監督の解任を機にチームが快進撃を続けて歓喜のゴールテープを切った。胴上げの舞台となったのは横浜スタジアム。落合監督は三塁ベンチで白井文吾オーナーとがっちり握手を交わした。さらにベンチ裏への通路に向かう階段を上ろうとしたとき、坂井克彦球団社長から右手を差し伸べられるがサッとかわし拒否した。この一部始終は本紙カメラマンによって激写され20日付の紙面に「不仲証拠写真」としてばっちりと掲載されている。落合監督はこのときのことをのちに「あそこの通路は暗いから。ちゃんと足元を見ないと危ないんだよ」と他意はないと苦笑いで説明したが、意図しての行為だということは明らかだった。

 このあと東京都内のホテルで行われた優勝祝勝会の「ビールかけ」に坂井社長はナインと揃いのTシャツに身を包み参加。しかし、そばに寄ってくる選手はまったくおらず。坂井社長の周りだけ人がいない異様な光景が展開された。さらに坂井社長がビールを自分の左手にかけたように見える映像がネット動画で中継され「ひとりぼっちビールかけ」とネットをざわつかせた。

 この時点で坂井社長はいったい自分の身に何が起こっているのか、はっきりとは理解できていなかっただろう。ネット中継を見ていたファンも「落合監督をクビにして選手に嫌われているのだろう」ぐらいの認識しかなかった。しかし翌日のスポーツ紙の報道でその意味を知り騒然となる。逆転Vの要因として各紙が「球団幹部の一人が中日の敗戦後にガッツポーズをしていたとの事実を選手が知ったから」「あれで流れが変わった」(落合監督)とこぞって報じたのだ。

 実はこの報道の“仕掛け人”こそが落合監督だった。N紙には自身の手記の中で明かし、S紙にはインタビューの中で「ガッツポーズ事件」の詳細を自ら切り出す形で話している。驚きだったのは身内である中日スポーツの手記にもわずか2行ほどながらガッツポーズのことが掲載されたことだ。実は落合監督が「このことを載せないならば手記は受けない」と半ば“恫喝”。親会社のスポーツ紙として監督の手記を載せないわけにはいかず、泣く泣く了承したのだという。クビを切られた落合監督の坂井社長への怨念ともいえる行動だった。

 この3紙はいずれも球団幹部、球団関係者と表記し、人物は特定していなかった。しかし、デイリースポーツが坂井社長と実名報道。このため各紙がぼかしていたガッツポーズをした人物が、坂井社長だったことが図らずも白日の下にさらされた。

「現場を軽視して、あれだけの実績ある落合監督へ敬意も払わずにクビを切った」という坂井社長へのイメージ、「あの社長ならばやったに違いない」「落合監督は被害者」といったムードが個人攻撃となりかねない「ガッツポーズ事件」の一斉報道につながったのだろう。

 朝刊スポーツ紙に実名が出てしまったため、発行時間帯の遅い夕刊紙の立場として本紙も当初は球団幹部としていた記事を実名報道に切り替えることになった。

 翌早朝、記者は横浜市内のホテルを引き揚げ大急ぎで名古屋へ向かった。意図していなかったとはいえ、本人の主張も聞かず記事を掲載。遅まきながら坂井社長に真偽のほどを確かめ、その主張を聞かなければならないと思ったからだ。優勝が決まった翌日、ナゴヤドームでの試合前、名古屋市内の球団事務所で記者は坂井社長をつかまえることができた。そのとき坂井社長は記者に対して怒りで顔を震わせながら迫った。

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