朗希 次は165キロ超え!?

2020年05月22日 16時30分

【赤坂英一 赤ペン!!】佐々木朗希ってこんなに明るくて社交的な性格してたっけ? と、少々ビックリしているファンは少なくないだろう。

 新型コロナ禍で開幕が遅れている中、佐々木朗はロッテの球団公式ツイッターで投球練習やストレッチの動画、ファンへのメッセージを積極的に発信。今週も公式インスタグラムのQ&A企画に立候補し、多数のファンの質問に答えている。

 プロ入り前は大船渡が公立だったこともあり、取材対応するときの佐々木朗はいつも緊張気味。ロッテ入団後の囲み取材でも硬い表情で、言葉を濁すこともしばしばだ。が、SNSで笑顔の画像を見ると、意外にネアカなのかもと思わせる。

 そんな佐々木朗の代名詞といえば、高校生歴代最速の163キロ。改めておさらいすると、昨年、日本代表合宿の紅白戦で中日スカウトのスピードガンが計測した数字だ。大谷が花巻東時代の2012年、岩手大会の準決勝で記録した過去最速160キロを、非公式ながらも超えたと大騒ぎされたことは記憶に新しい。

 実は、その佐々木朗に“抜かれた”大谷が高校時代に目指していたのは160キロではなく163キロだった、というウソのような本当の話がある。

 中学時代から剛速球で鳴らした大谷を、花巻東の佐々木洋監督は「誰も出したことのない160キロを目指そう」と熱心に指導。A4判の目標設定用紙に大谷自身の直筆で「160キロ」と書かせたほど。それを、大谷自身がこう修正したのだ。

「目標 163キロ 大谷翔平」

 そう書いた紙を、大谷はウエートレーニング室の天井に貼り付け、これを見ながらベンチプレスを繰り返していた。その理由を、のちに大谷本人に尋ねると、彼はいつもの淡々とした口調でこう答えていたものである。

「目標を数字にすると、そこに近づくまでで終わっちゃうことが多いですよね。160キロを目標にすると、158キロぐらいしかいかないかもしれない。だから、最初から163キロを目指そう、そうすれば160キロはいくと、そう思ったんです」

 大谷がひそかに高校入学時の10年に立てた目標を、佐々木朗が9年後に実現したわけだ。

 大谷は日本ハム時代の16年、今度はプロ野球史上最速の165キロをマークした。岩手県の後輩で、大谷と同じ背番号17の佐々木朗、プロでも大谷を上回れるだろうか。


 ☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」「プロ野球第二の人生」(講談社)などノンフィクション作品電子書籍版が好評発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。日本文藝家協会会員。