ソフトバンク甲斐拓也「僕がここまで来れたのは、母ちゃんに恩返しするため」

2020年05月10日 16時04分

甲斐拓也

【取材のウラ側 現場ノート】「育成時代はつらくて苦しくて毎日がいっぱいいっぱい。育成からもう一回やれって言われても、もう二度と耐えられない経験をしてきた。精神的に本当にきつかったけど、何度も“母ちゃんの疲れ切った寝顔”が浮かんできて奮い立たせてくれた。こんなの母ちゃんの苦労を思えば大したことないって。僕がここまで来れたのは、母ちゃんに恩返しするため。その一心で乗り越えてきました」

 ソフトバンクの育成入団から立身出世を果たした甲斐拓也捕手(27)。苦労人の原動力は、紛れもなく冒頭の言葉に詰まっている。取材メモの日付は2019年1月6日。「今でも母ちゃんの寝顔、思い出しますよ」。掲げる理想の捕手には道半ば。鷹の正妻になってからも人知れず悔し涙を流すこともある。そこでも気持ちを奮い立たせてくれるのは、決まって母ちゃんの寝顔だ。

 甲斐の母・小百合さんは、大分でタクシードライバーをしながら2人の息子に大好きな野球をやらせてくれた。甲斐家は母子家庭。小百合さんは本業以外でも空いた時間に仕事を掛け持ちして兄弟を育て上げた。朝から晩まで働きづめ。夜8時ごろに一度帰宅して夕飯を準備すると、夜10時すぎからパチンコ店の清掃アルバイトに出ていた時もあった。

 甲斐の脳裏に焼き付いているのは、夕食を作って次の仕事に出るまでの短い間に仮眠を取る小百合さんの寝顔。「本当に“きっつい顔”して寝ていた。それで深夜2時ごろに帰ってくる。朝早くから新聞配達をしていることもあった。一体いつ寝てんだろうと心配だった」。労働量と対価が釣り合っていなかったことは「今だから分かる」という。「俺たちのためにできたんでしょうね。あの寝顔は忘れない。本当にかわいそうで…」

 子供ながらに他の家庭よりも苦労が多いことをおもんぱかり、普通に野球ができることが当たり前ではないと悟った。野球をやらせてくれる母への感謝があふれ、同時に申し訳なさを感じていた。苦労をかけて買ってもらった野球用具は宝物。「だから僕は野球をやめても恩返ししないと恩を返しきれないんです」

 尊敬する故野村克也さんに生前に掛けてもらった言葉で心に残るのは「母ちゃん大事にしろよ」。同じ母子家庭で苦労したノムさんだからこそ通じるものがあった。

 世の中には経済的な理由などで、好きなことを思う存分にできない子供たちもいる。今、世界は新型コロナウイルスによる未曽有の事態に直面している。これまでの生活が一変した家庭もあるかもしれない。人生には苦労や逆境に耐える時が来る。だが、苦労を知り、物事と向き合う意味を知る者は強い。大輪の花を咲かせた甲斐のように。