巨人VS阪神の報復合戦 清原は尻に鍼を刺したまま乱闘参加

2020年04月29日 11時00分

乱闘に遅れて参戦し星野監督(左)とやり合う清原(中=02年7月25日)

【球界平成裏面史(14) 巨人VS阪神 遺恨報復の泥沼抗争の巻】平成の巨人―阪神は伝統の一戦ならぬ遺恨の抗争と化した。最初の火種は、阪神・藪が清原にぶつけた死球である。

 平成9年(1997年)、巨人移籍1年目の清原が藪から受けた死球は3個。「今度来たらしばいたるぞ!」とほえる清原に、藪はシレッと「よけようと思えばよけられる」と応酬。清原がカチンときたのは間違いない。

 そして、翌10年7月10日、東京ドームで藪が清原の右手に通算4個目の死球をぶつける。清原が顔を真っ赤にして、藪を手招きしてマウンドへ歩み寄る。そこへ捕手の木戸が割って入り、たちまちもみ合いとなった。

 清原は「仏の顔も3度というけど、藪(の死球)は4つ目や! 今度は顔をゆがめたるぞ!」と怒り心頭。翌日もぶつけ合いが続き、2試合の死球は計9個に上っている。

 この遺恨が8月2日、甲子園で再爆発。8回、阪神の5番手・吉田豊が高橋由の右手甲に死球を当て、激高した武上打撃コーチが捕手・矢野(現阪神監督)を両手で突き飛ばし、退場となった。

 その裏、今度は槙原の真っすぐが矢野の背中を直撃する。これに怒った大熊三塁コーチが槙原の右太ももに飛び蹴り。さらに首とアゴへ右フックを見舞う。その大熊コーチに川相が飛びつくと、仁志がすかさず背中へジャンピングニーパットだ。

 退場処分の大熊コーチは「もし矢野の頭に当たったらどうすんのや!」と正当性を主張。槙原は「こっちは内角を攻めただけ。(大熊コーチは)あれじゃヤクザと一緒だよ!」と吐き捨てた。

 そんな遺恨が久々に再燃したのは4年後の平成14年7月、甲子園での3連戦だった。1、2戦で清原、阿部が死球を受けて、不穏な雰囲気の中で行われた25日の第3戦。7回二死無走者で、入来の投げたブラッシュボールがアリアスの頭の後ろを通過する。

 激高したアリアスに、入来はグラブを外し、自分の胸を叩い て「カモン!」。173センチの体で183センチのアリアスに立ち向かい、首を引っつかまれて散々パンチの連打を浴びる。ここから両チーム入り乱れての大乱闘へ発展した。

 入来は後に、「清原さん(PL学園の先輩)がやられてたんでやり返したかった。ぶつけずに脅かすぐらいはいいかなと思って」と告白。アリアスのへの危険球は確信犯だったのだ。しかし、肝心の清原は乱闘が始まったとき、ベンチ裏ではり治療の最中だった。騒ぎを聞きつけると、尻にはりを刺したまま、ジャージーをはいて大慌てで参戦したという。翌日、入来に「すぐ行ってやれなくてすまんかった」と謝ったそうだ。

 なお、入来はアリアスを挑発した当時の自分の写真を、現在はSNSのプロフィル画像に使っている。これ、なかなかカッコいい。 

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