初芝清氏プラス思考で!野球に通じるゲームライフ DQ&FFに共通項

2020年04月26日 11時00分

バレンタイン監督時代の1995年には打点王に輝いた初芝

【コロナに負けるな!有名人の緊急事態宣言】家にいるからこそできることもある。新型コロナウイルスの感染拡大で世の中は「STAY HOME」を粛々と励行中。どうしても暗いムードに包まれがちだが、考え方をあらためれば在宅中心の生活も前向きに捉えられるはずだ。プロ野球OBで「平成のミスターロッテ」の異名を取る初芝清氏(53)もインドアライフを強いられる中、自宅でも気軽に楽しめるテレビゲームで英気を養う日々を過ごしているという。

 世界的な有事に危機感を強めながらも、何もかもふさぎ込んでばかりではダメになってしまう。だからこそ初芝氏は「今は我慢の時」として、持ち前のポジティブな思考へ気持ちを切り替えていた。

「外に出ないという気持ちが強くなると、家にいることがどうしても苦痛になってしまう。そういう人は多いと思います。でも家にいるからこそ、家の中を振り返るということができる。逆にじっくり家にいる時間があるんだと、そういう考えを持つことが大事なのではないかなと」

 実はコロナ以前から“インドア生活”に入り込んでいた。ゲームだ。そのハマりっぷりはなかなかのもので、2月29日放送のバラエティー番組「有吉反省会」(日本テレビ系)に出演した際には、自宅の地下室にこもって人気ゲーム「ドラゴンクエスト」に熱中し過ぎている日常を反省したほど。

「社会人時代にドラクエIIをやっていたんですが、その(敵の)ボスを倒せていないことを思い出したんです。そういえばクリアしていないなあと。それが去年の冬でした」

 これがきっかけとなり、ドラクエは一度やり終えたはずの「I」を再クリアし「II」もラスボスの打倒に成功。「III」にいそしんでいたところで自ら番組内で懺悔し、MCの有吉弘行からミソギとして「ファミスタでロッテを使って優勝できるまでドラクエ禁止」との通達を受けた。その影響もあって、今は「それまでも交互にやっていた」という「ファイナルファンタジーシリーズ」に興じているという。

「(ドラクエもファイナルファンタジーも)登場人物を育てていくというところは、野球の育成にも通じると思います。(キャラの)経験を上げていかなきゃいけないですから」

 もちろんゲームばかりではなく、これまで手元にありながらも視聴する機会がなかったお笑い系のDVDや録画済みの番組を見るなど「のんびり時間があるからこそできること」に目を向け“スローライフ”を堪能している。

 その一方でプロ野球界が今季開幕を決められず暗中模索する様子については、声のトーンを一変させた。「いくら自分がOBだからといって『早く野球をやってほしい』と拳を振り上げるような形でエールを送れないことがすごくつらい。ただ、このできない状況は12球団一緒ですから…」と苦しい境遇にあるロッテの後輩たちを思いやった。

 それでも、くよくよしているばかりでは先に進むことはできない。前向きな気持ちで12球団の選手たちに対し、メッセージを発信することも忘れなかった。

「キャンプで一生懸命に調整しながらシーズンのスタートが切れず、今は練習自体も満足にできない。選手たちの歯がゆさは野球畑で育ってきた私にも手に取るようにわかります。でも、そういう難しい状況だからこそ、何か発見があるかもしれない」
 自身は今年からユーチューバーとしてもデビューしたばかり。「ミスターロッテ 初芝清ちゃんねる」(https://www.youtube.com/channel/UCknmQsk5K4LGbDfkLxS3LNw)を開設し、自身の現役時代の貴重な経験談について詳細に振り返っている。

「こういう(動画サイトやSNSに関する)ことは正直、あまり詳しくなくて…。自分が入っている事務所からの提案で始めてみました。いろいろなメディアを使いながら自分を知ってもらうだけでなく“何か”も発信していければいいかなと。そう思っています」

 今後も初芝氏は世の中を元気にさせる“何か”を探求し、プラス思考のススメを説き続けていくつもりだ。

☆ はつしば・きよし 1967年2月26日生まれ。53歳。東京都出身。右投げ右打ち。二松学舎大付ではエース兼3番打者として活躍し、高校通算30本塁打。卒業後、東芝府中で内野手に転向。88年にドラフト4位で指名されロッテ入団。89年のルーキーイヤーから70試合に出場し、90年から三塁手としてレギュラーに定着。95年には初の打率3割、打点王(80打点)、ベストナインに輝き、球団初の1億円プレーヤーとなる。99年9月にはシドニー五輪アジア予選(アジア野球選手権)でプロ野球史上初となる日本代表メンバーに選出され、全日本の4番として予選突破に大きく貢献。2005年に「代打の切り札」としてチームを日本一に導き、現役引退。社会人野球のセガサミーでは昨年11月まで約6年間、監督を務めた。

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