5月で41歳の阪神・能見 年を取ると動けない?それは思い込み

2020年03月04日 11時00分

16年目のシーズンを迎える能見

【楊枝秀基のワッショイ!!スポーツ見聞録】ルーキーイヤーの2005年5月8日、母の日にプロ初完投勝利を収めた。舞台は札幌ドーム。当時の気候のように、笑顔がさわやかだった。その模様を取材してから、もう15年が経過。今季で16年目を迎える阪神・能見篤史投手(40)を宜野座キャンプで直撃した。相変わらずさわやかだった。

 スラリとしたスタイルは変わらない。「ベテランといっても当時の福原さん(現投手コーチ)や安藤さん(現二軍育成コーチ)みたいに、ボテッとしてる感じじゃないんでね(笑い)。僕の場合は(40歳を過ぎても)動ける方なんで」といたずらっぽく笑う。その言葉通りによく投げ、よく走る。

 キャンプでは第1クール初日から、チームの休日を挟んで7日連続でブルペン入りした。「人というのは楽な方に楽な方にいってしまうもの。しんどいことをやらないと。年を取ると動けないというのは思い込みですよ。続けていると人間の体は慣れるんですよ」と、あえて自身をいじめ続けている。

 その行動の向こう側にあるものは何なのか。能見は数年前からずっと口にしている言葉がある。「僕も勝ちたいんですよ。優勝したい。2005年は1年目で優勝しましたけど。自分が頑張ったというより周りに勝たせてもらった。残された時間も短い。もう一回、優勝したいんです」。最高の勲章をみんなでつかみ取りたいのだ。

「下(半身)を使えなくなってくることは確かですけど…」と話すように加齢による身体の変化も自覚している。ただ、それを補うために「追い込む時期というのも大事。それだけ投げられる体力がないと投げられないから」と、キャンプ中に底力を貯金している。

 今季は夏場に五輪による中断期間もある。「その時の状態にもよりますが、うまく休める時間にするのか、状態を上げて(リーグ戦)再開に臨むのか。他のチームとも条件は一緒なのでその期間を有効に使いたい」と抜かりはない。

 開幕投手を3度経験した左腕だが、変な意味でのプライドはない。今の役割が中継ぎなら、僅差のビハインドでの登板など「しんどい仕事」をいとわない。結果が出なかった若手時代も、エースとして君臨した時代も、そして今現在も変わらない。経験という引き出しを勝利のために活用する。

 5月で41歳を迎える左腕は「優勝」の2文字のために、その身をチームにささげるつもりだ。

 ☆ようじ・ひでき 1973年8月6日生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」で巨人、阪神などプロ野球担当記者として活躍。2013年10月独立。プロ野球だけではなくスポーツ全般、格闘技、芸能とジャンルにとらわれぬフィールドに人脈を持つ。