【ノムさん追悼】ヤクルト・高津監督「采配を見てもらいたかった」

2020年02月12日 16時30分

昨年7月のヤクルトOB戦では代打で登場し、池山氏、古田氏(右から)が驚くなか、結果は申告敬遠。これが“最後の打席”となった

 野村さんのもとで守護神として5度のリーグ優勝、3度の日本一を経験したヤクルトの高津臣吾監督(51)は「言葉にならない。ヤクルトに入団して一から十までプロの難しさ、厳しさを教わった。クローザーにしてくれて感謝している。抑えになってからは一度も怒られなかった。監督に就任して『最下位からのスタートで上がるだけ。気楽に思い切ってやりなさい』と言われた。監督をしている姿、采配を見てもらいたかった」と声を詰まらせた。

「ID野球の申し子」と言われたOBの古田敦也氏(54)は二軍キャンプ地の宮崎・西都で取材に応じ「9年間ご一緒させていただいた。思い出は語り尽くせない」と振り返った。「理論ばかりのように言われるが、実際には感情的で、ベースは負けず嫌いの塊のような方。その上での理論だった」と意外な一面も打ち明けた。

 楽天でも野村さんとは監督とコーチの関係だったヤクルトの池山隆寛二軍監督(54)は「本当かどうか、信じられない気持ちでした」と沈痛な面持ち。1月20日のヤクルトOB会で会話を交わしたばかりで「高津監督に『ヘッドコーチにどうや?』と言ったことが耳に残っている」と話し「野球というものを選手、指導者になってからも教えていただいた。その跡を継いで野球道に励んでいきたいと思います」と恩師の死を悼んだ。