【ノムさん追悼】野球理論、ボヤキ、毒舌全てが一流だった

2020年02月12日 16時30分

阪神監督時代は新庄(右)をあの手この手で発奮させた

 阪神監督時代、野村さんのボヤキが連日、ベンチで止まらなかった。話は面白く、表情豊かに話す姿はかわいらしくもあり、負けて肩を落とす姿もまた絵になった。

 若い女性リポーターがいると機嫌がよく「あんた、彼氏いるの?」などと軽口が飛び出す。札幌遠征を数日後に控えたある日、記者が女性リポーターを紹介すると「今度、札幌行くの? 夜は空いているの?」。半信半疑に聞いていたが、後日、野村さんは本当に彼女を食事に誘い、しかも「ススキノの夜」を写真週刊誌に撮られてしまった。もちろん関係者も同行していたが、野村さんのちゃっかりぶりには笑うしかなかった。

 大阪の宿舎に単身赴任。カードだけで携帯電話も現金も持たせてもらえず、厳しい沙知代夫人の“監視下”に置かれていただけに、女性と話すことが活力源だったに違いない。

 阪神監督としては3年連続最下位に甘んじた。最終年の2001年夏に進退伺を提出。慰留されて続投が決定したが、12月5日の沙知代夫人の逮捕劇により、追われるように球団を去った。

 辞任会見のために東京の自宅から西宮市の球団に深夜0時すぎに到着した野村さんは「こういう状況で指揮を執るわけにはいきません」と淡々と話し、多くの報道陣が外で待ち受ける中、甲子園球場内の「猫しか知らない動線」を通って逃げるように脱出したという。大フィーバーをもたらした野村さんのあまりに寂しい幕引きだった。

 それでも最後まで当時の久万オーナーに球団改革を訴え、本紙にも「この球団は江夏みたいな怖い監督の方がええ」と持論を展開するなど、必死にダメ虎を再生させようとしていた。野球理論、ボヤキ、毒舌すべてが一流だった。
(1999~2001年、阪神担当・西山俊彦)